.指定された、いつもの大衆居酒屋チェーン店。同様に、通例通りの席へと、麻祈は店内を進んでいた。前回ここに来店した時よりも季節は確実に夏へと本腰を移し、それに合わせた店内のキャンペーン広告―――『打倒・酷暑 ~この男気が、気温に負けるか! 零下に冷えたビールを赤字覚悟で~』―――のけばけばしさに後れをとるまいとばかりに、人々の装いもボルテージも係数を上げている。浮かれぽんちどもの故意のから騒ぎという意味では昼間の院内と同じだが、こちらの酩酊要素はアルコールだかひと夏のアバンチュールの福音だかなので、麻祈に直接的な実害は無い。
まあ、間接的なそれは、無いでもないか―――と、自慢の上腕筋のためにエアコンが効いた席で腕まくりする大学生を、彼に同席している女子大生と酷似した冷房温度が吹きすさぶ横目で見やりつつ、通り過ぎる。乱れていたわけではないが、それでも己のシャツの長袖を正して、麻祈は呪怨を吐いた。
(こちとら無関係な外野からも歌えや踊れと笛を吹かれて、結婚生活に倦んだ人妻との乱熟した不倫にのみ食指が動くヤバ医(早漏)のタンゴで、こんだけ踊ってやってんだよ。お前だけ、ベッドの中での社交辞令が下手糞過ぎるから子作りも拒否られたバツ二女のルンバから逃してたまるか。王子様(プリンス)をお待ちの灰かぶり(シンデレラ)にゃ悪いが、このアサキングと舞踏会してもらうぞ―――同じアホなら踊らにゃ損だろ? 俺が)
そしてこれから当人同士が、舞踏会の生中継インタビューをしあいっことくる。最高に最低だ。意識もピュアでクリアーだ。聖水だろうが小便だろうが、煮詰まってしまえば純度百パーセントの澄んだ汁だ。くそくらえだ、いたいけなくそったれども。
佐藤が見えた。
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