「 Nor I(おれもだ) . 」
寝言で目が覚めた。
目をしばたいて頬杖から顔を上げると、いつもの見慣れた医局である。よくある顔が、ありきたりの顔つきで、いつもながら働いている……あるいは、働かないでいる。それをみるに、まだ昼休憩かどうかといったところで、そう長くうたた寝していたようではないようだ。
(…………―――いつの夢だ? 今の)
顔を撫でて妙なでこぼこが残っていないかひとしきり確かめつつ、麻祈は自分のデスクでひとりごちた。
(わたしわたし言ってたから医大入る前な気がするけど、にしたってごちゃまぜなとこだらけだったな……なんにせよ、ああいった頃ならまだしも、さすがにもう瓜二つほど似てないだろー。顔。ボケてるとは言え実の親から、こんな骨ばったオッサンと見間違えられたら、さすがの蜜穂さんだって草葉の陰で泣くぜ。知らんけど。さすがのってなんだよ? ホントなんも覚えてねぇくせしてよ)
見間違えられたのが麻祈と羽歩ならば、祖父と恒例の取っ組み合いに雪崩れ込むか、あるいは元凶たる次兄をトラ刈りにすべくバリカン片手に夜這いしてくるか―――男って髪で騙されんだよと言うのは、彼女の口癖のひとつだ―――といったところだろうが。こんな連想はあっさりと成り立つのに、亡母のそれとなると毛ほども連立方程式が成立しない。やはり思い出すのは、若々しい遺影とかけ離れた死相である。大人に手を引かれるまま背伸びして覗き込んだ棺桶の中で、細く枯れた病死を誤魔化すように施された死化粧ばかりみずみずしく、ドライフラワーと造花を思い出したことを覚えている。だから、己が棺桶へ生花を置き去りにすることについて、巻き添えにされるという意味を初めて考え、同情した。かなしさやいたみは、やはり麻酔がかけられたように遠い。
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