. ようよう立ちあがって、使っている茶の間―――和製メイドたる奉公人がいない現在、この屋敷には使っていないナントカの間が山ほどある―――まで退避してから、体中についた埃やごみをつまんで屑籠へ捨てる。筆で薄墨を刷いたように、全身くまなく汚れてしまったようだ。それにしてもちくちくすると思って頬に触れると、ぼろぼろの畳の屑までついている……ダニの塊だったところで不思議なものかと思う。広大な間取り過ぎて、居住区を保全しておくだけで精一杯なのだろう。あまり突っ込んで訊いたこともないが。
と。
「今の頃合いなら大丈夫かとも思ったんだけどな」
言いながら、いつしか茶の間に入ってきていた兄―――桜獅郎(おうしろう)が、突っ立っている麻祈を抜かして、卓袱台横の座布団に座る。胡坐を崩してため息をつくと、から笑いした。
「あれでいて、はっきりしてる時も多いんだ」
「だろうね」
麻祈のそれは尻馬に乗った相槌ではなく経験則に根ざした知識だったのだが、兄には前者と捉えられたらしい。肩を落として、無言で隣席の座布団を勧めてくる。ついでにとばかり、会話も進めた。
「せっかく来てくれたのに、疲れさせたな」
「わけもないよ。ロゥこそ、わたしが来ると尻拭いさせるよね。ごめん」
「お前、まだ女言葉っぽいぞ」
「え? そう?」
「そう。それも」
「じゃあ。ええと。“マジかよ”」
「うーん……それは女でも男でも使うイマドキ語だな」
「あ。実は前に調べたら、江戸時代からの言葉だった。マジ」
「マジかよ」
「マジだよ」
「江戸時代って今から何年前だ?」
「とりあえずイマドキの範疇とは言い難いくらい昔じゃないかなぁ」
「言い難いと言えば。お前、ちゃんと兄ちゃんの名前言えるようになったか?」
「言い難いの意味違うと思うけど。もちろんだよ。おうしろう」
「はは。気を抜くと、すぐにオッシかオースィーに崩れそうだなぁ」
「……だからLaw(ロゥ)でいいじゃん……」
「それだと、画数少なくていいなぁ。単語の綴り、L(エル)・A(エー)・W(ダブリュー)だっけか。『桜獅郎』だと、習字すると潰れるし、筆記テストでは出遅れるんだよな」
「やっぱ、Lawでいいじゃん……」
「ほらまたローになってる。楽してないで、『ろう』と言え。せめて」
「むぅ」
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