. 老人が喋る。きつく訛った独断は耳では解せずとも、麻祈は頭では内容を理解していた。
―――戻ったか、ミツホ。
「はい」
逆らわず、受け入れる。
―――待ちわびたぞ、この親不幸者が。
「申し訳ありません」
従順に、頷く。
―――傍にいることを許してやるから、これからは誠心誠意、尽くしなさい。いいね?
「分かってるよ」
「誰だ貴様は」
それと同時だった。老人の手が、麻祈の喉を―――襟首でなく、完全に喉を締め上げてきたのは。
咄嗟のことで防御も儘ならなかった。息が出来ない苦しさよりも、まだ意識があることから頸動脈までは圧迫されていないようだと職業病らしい考察をしていることと、さすが人体で最も衰えるのが遅い筋肉だけあって握力は健在だと……やはり病んだ身の上である己を再確認して、そのおかしさに笑いかけた。そして、今でこれなら、過去の祖父と戦い抜いた妹は紛うことなき剛の者であると痛感し、それでも助けてやることはこれについてあの時あったかなと思い付いた。
兄に突き飛ばされてすっ転んだせいで、その全部を麻祈は忘れた。
咳き込む喉を撫でつけながら、ちかちかする目玉を酷使して、畳に横面を押しつけたまま兄を見やる。彼は叫びながら狂乱する祖父を布団に押しやりながら、麻祈との間にはだかっていた。こちらに背を向けて、肩越しに見下ろしてくる。
「先に出てろ」
「でも、」
「心配するな。お前がお母さんなら、俺は婆ちゃんだ」
言われるがまま、麻祈は匍匐前進で廊下へと逃げた。
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