「…………―――」
かけ直す気もないけれど。
蛍光灯の照度はいつだって同じで、見上げても現実感に欠ける。ふとベッドの枕元にある時計を見ると、思ったほど夜更かしにはなっていなかった。感情の浮き沈みが濃厚だったせいで、体感時間まで膨らませてしまっていたらしい。
そんなことに気付ける程度には、余裕が戻っていたせいか。なんの気なく、呟く。
「無敵の家元ってなんだろ? 家元って、華道とかの? その無敵? あれって勝敗試合あるの?」
指折り数えてみる。素行の悪さ以外で高校時代に突出していた者と言えば、高校総体(インターハイ)かそれに並ぶ大会で目覚ましい活躍を見せた数人だ。文武両道の剣道部の永田、サッカー部のエースで美形の矢十(やと)、卓球部では双子だった蓮間きょうだい……誰にせよ、イエモトではない。字数すら合わない。
(大学時代の誰かかな。大きなイイ大学なら、華道サバイバルとか日本舞踊トーナメントとか、いろんな試みしてるのかもしれないし)
曖昧に納得を引き出して、紫乃は欠伸した。夜らしい眠気が頭を擡(もた)げていた。眠れる気はしないのに、身体のだるさは休眠を求めている。目蓋の腫れぼったさも、さっきまでは別種のものだったはずなのに。
息をついて、紫乃は腰掛けていたベッドに横倒しになった。側頭を受け止めた枕から、ぽふ、と音と埃が舞う。
手鏡のように前に持ってきていた携帯電話の液晶画面が、休眠モードに入って暗くなる。その暗がりに映り込むのは、見慣れた己の顔だ。電話で話していた時には見ることができない、ただそれだけの紫乃の側面だ。それは誰にでもあるが、誰にも知られたくないと、誰しもが思っている。
それでもなお知りたいと、あなたについて思うこと。
それが、良い変化なのか、悪い変化なのかは分からない―――往々にしてそうだが、我々は当事者でしかなく、判断を持ち込むのはいつだって後世の第三者だ。成した良し悪しはともかく、せめて賢くは変えられたと彼らから言われるように選択し、振る舞うように心掛けるしかないのだ……“彼ら”の中に年老いた己を含めようとせずに、せめて、そのように在ろうとしようと。
「頑張るんだから」
負け惜しみして、紫乃は携帯電話の電源を切った。
どこをどう触っていたものか、途切れる寸前に液晶画面に映し出されたのは、待ち受け画像ではなかった気がした。
[0回]
PR