「『これ。今じゃ、いいの?』」
いいはずがない。
あの時の紫乃はそれを知らず、この時の葦呼もまたそれを知らない。その残酷さに委ねて、ただ続くまま過去は語られていく。
「診断ついたはいいけど、当人兼同業者に口出しするのも間抜けだから、あたしそん時そう言ったの。そしたらあいつ。『いやぁ、世界を股にかけると色々ヤンチャしちゃいましてェ。もうイイも悪いも分かんないんですわ』ってヘラヘラしてた」
そこで葦呼が、呼気を途切れさせた。待ったのだ。紫乃の反応を。
紫乃は―――
(……―――なんていうか。らしいよね)
思っただけで、やめた。
もっともだとすんなり頷けてしまった感触に、可笑しさばかりがこみ上げる。笑うしかないのだろうと、紫乃は諦めて微笑んだ。
そして、そのことに、なお得心した―――バス停にいた麻祈もまた、微笑んでいたことを思い出してしまった。
「あたし、あいつとオタク会し出してからキング成分は薄味で慣れてたもんで、久々の見事なアサキングっぷりになんも言えなくってね。んで、それからしばらくして、あいつから私的な連絡が増えて、なんとなくあたしの周りをうろついて。結婚しねえ? て提案してきたりした」
茫漠とした思いがする中で、葦呼の声を聞く。
その現実味の無さに任せて、紫乃は呟いていた。
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