. きょとんとしたように間を開けて―――その間、やはりきょとんとしていたのか、急に葦呼が素っ頓狂に叫ぶ。
「え? すんのそれ? めっちゃ大変だよ」
「大変だけど。頑張ることは出来るもの」
「言ったじゃん。あいつ子どもの頃から父親とふたり暮らしで、誰よりも炊事洗濯家事親父の達人なんだって。自分のことは自分でするのが的確で適当でだからこそ早いって思い知ってるだろうし、実際その通りで手際よくさっさとやれちゃうもんだから、紫乃が今から追いつこうとしても大変だって」
「大変だよね」
「ええとね。ほんと大変だって。コレあたしの推測混じるけど。あいつの趣味、数学だって言ったよね」
話の切り口は、また突拍子ない切断面をしていると思えたが、とりあえず紫乃は頷いた。
「うん」
「趣味が高じて数学者にならなかったのは、なんでか予想つく?」
「え? 数学の学者? それは……生活のこと考えたら、お医者さんの方が食べていけそうだったとか?」
「なに言ってんの!?」
急転直下した葦呼の声は悲鳴に近いものだったが、それを紫乃がフォローするより早く、熱と勢いを含んで怒罵に化けてしまう。せりふがどんどん巻き返してくる。
「数学者って西洋で銀行にでも雇われようもんなら超絶な高給取りだよ!」
「そ、そうなの?」
「いやまあいきなりクオンツとは言わないけど! あいつ地理的にあの辺の学歴も持ってるはずだし、そもそも産まれはアメリカだから、やろうと思えばやれたってば! それなのに、だ! ロクにリア友もいない、苦手極まる湿度ムンムン暑苦っしゃー日本を、わっざわざ定住先に選んだのは、―――」
と。
急に押し黙る。そして葦呼は、持て余した加速を押し殺すように、ひくく歯ぎしりした。
「『水と酒と茶が美味いから』。ほんと、これに尽きる。まじキングだし。にゃろう」
「はい?」
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