「ウチの病院。地下にシャワー室があるんだ。職員共用の、当直や夜勤の人が使うのが。手続きと後始末さえするんなら、いつ誰が使ってもいーやつ」
と、葦呼は思い出すように、一拍を置いた。目線を虚空に振ったのだろう……なんとなく、そんな気がする。
それだけのリアクションで済ませるには、途方も無い展開だったが。
「あいつ、初めて使ってみてパニクったのかなんなのか知んないけど。とにかく。スッポンポンでそこのドア際にへたりこんでるのにバッタリ出くわしたことがあんの。あたし」
「は!?」
「野郎、ほんと湿度と熱気の合わせ技に耐性ないわー。まあ、しゃーないから診たんだけど」
すっぽんぽんという単語を、スッポン(亀)を肩に担いで鼓(つづみ)を打つ小童の姿で紛らわせようと足掻いている紫乃を放置して、葦呼が続けた。
「そしたら、肩やら背中やら上腕やら、えらくキッタナイ肌してるわけさ……地下で暗くて、前もって夜目になってなかったら、シャワールームの電気くらいじゃ気付かなかったろうね。んで、そういう目でよくよく見たら、あーコレ、主として鋭利に成り切れない有突無刃器を用いた刺傷瘢痕多発から生じたケロイド群じゃんって診断ついちゃったもんだから、」
「しゅと?」
「主として鋭利に成り切れない有突無刃器を用いた刺傷瘢痕多発から生じたケロイド群。言ってみりゃ、鉛筆や傘の先端が突き刺ってのち、医療的処置なく自然治癒途中に掻き毟ったかして広がった肉が癒着したキズあとの博覧会。火傷とか、植皮の失敗痕とかも散発してたけど、ほとんどそっち系」
息が、とまる。
その時に思い出したのは、今の自分と同じように、息を詰まらせた彼の顔だ。
痙攣することさえ忘れた青ざめた面貌が、彼女を紫乃だと認めた途端に差し出そうとしてきた彼の腕。それは、長袖を着ていた。だからこそ、“彼は麻祈を中断してまで”、腕を引っ込めざるを得なかった。
染みついた凌辱を、布一枚で隠しおおせたつもりでいた。染みついた記憶さえ、面の皮一枚で隠しおおせたつもりでいた。いただけでしかなかったと思い知り、服従するしかなかった。隷属せずにおれなかったのだ。
声が、やってくる。
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