「ホーカス・ポーカス。マジシャンがマジックする時の合言葉だよ。ちちんぷいぷい」
「なんでマジシャン?」
「おおかた、あたしと寸前までマジシャンと帽子の話してたから、つい出たんでしょ―――ちちんぷいぷい(ホーカス・ポーカス)、ただ今この場に『有名医大の主席で帰国子女・名家生まれの将来有望イケメンドクター』から『人妻に粘着する変態男』を取り出して見せましょう、って腹を括った時に。だからこそ、シルクハットから出てくるのはウサギってくらい陳腐に、エロい仲だから人前でチューって、単純な構図を見せつけたんだよ。悩む隙のない、明快な図案。悩まないなら、勝手に妄想し出すのも止められないさ。口づけたのはエロい仲だからで、こんな派手カラフルなあたしを差し置いてまで、こんなのとそんな仲だなんて、普通じゃない……普通じゃないとしたら……となったところで、下衆の勘繰りを促すトドメに、」
「横恋慕とか泥棒猫とか、あのせりふ」
「そう。それが分かってしまったら、だったらあたしは応えなきゃ」
「え?」
「医者だから人に触れる奴が、医者としてでなく触る以上のことをするんだ。その相棒に選ばれたんだから。まーあんにゃろはキングだから、選択の余地がなかっただけのことを買い被るもんじゃないって苦言するだろけど、」
そこで葦呼は、嘆息なのか鼻息なのか分からない音域の吐息をひとつついた―――呆れ声は、それでも吹き払えなかったようで、腐れ縁のように切れ目なく続いていくが。
「できそうだから使ってやるかって信用じゃなく、こいつならやれるって信頼されたんだから、あたしだってあいつを信頼して、やれるとこまでとことんやってやる―――みんながあいつを疑って、一切合財信じられない時だって。だからこそ、ちっとも誰も疑わないくらい予防線を張り巡らせたあいつがあえて間違いを犯そうとしたなら、そんときゃ正気を疑われても、あいつをあたしが止めてやる」
「……それは、特別な絆じゃないの?」
「そりゃそうでしょ。ありふれた友達。そんだけ」
紫乃は、黙り込んだ。
言葉があふれる前に、頭を下げていた。
「ごめんね。疑って」
「とんでもない。紫乃のこと、いいなぁって、さっき言ったじゃん」
「うん」
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