「ある日、上に、ちょいと長めの休暇申請したのさ。そしたら後日、お前あいつと付き合ってんの? って茶化された。どうやら、あいつと休暇を取るタイミングも日時も、ばっちりダブってたみたいで。それまでにも何回か話してたとこ見られてたから、それもあって」
「それで?」
「んで、その休暇の時に、あいつと空港でたまたま鉢合わせして。話してみたら、おんなじ数学趣味じゃん。なりゆきで、そのまんま一緒に講演聞いて帰国したんだけど。あいつ相当に日本のリアル仲間に飢えてたのか、それからちょくちょく暇を見つけては、オタク会しようぜって誘ってくるようになって。別に断る理由も無いから付き合ってたんだけど」
思い出しながら喋っているようで、どこか間延びした口調になりながら、
「それから、もーちょっとあとだったかな。職場で職業以外のことに煩わされたくない、要は異性関係の詮索されるのが面倒臭くてたまんないから、ちょうどあたしと噂が立ってきたこともあるし―――多分オタク会を目撃した職員がいたんだろね―――、このままあたしと男女交際してることにしてくれないかって頼み込んできたの。あたしに本命できるまででいいからって」
「……それをオーケイしたの?」
「うん。あたしにもメリットない話じゃなかったし、それ以上のデメリットもなかったから。どっか不思議?」
どこも不思議ではないらしい。葦呼の感性からしてみれば。
(あたしだったら、彼氏ナシのところをつけ込まれた上に都合良く利用されるとか、ありえないけどね……)
はたして麻祈は、そういった側面での誠実さに欠けているのか、それとも葦呼の価値基準に則って割り切ることで利を取ったのか? それは分からないし、だから重要でもないが、がっかりはした。重要でもないが。
内心で言い聞かせて、紫乃は会話―――なのか会話にかこつけた取り調べなのか―――を続行した。
「携帯電話のタイプが同じなのは?」
「偶然でしょ。多分あいつのことだから、電話にパソコンくっついてると邪魔なんでない?」
「葦呼から、お揃いを狙ったわけじゃないんだね?」
「それこそ、なんで? 私物なんて自分で使うものなのに、なんで相手と合わせる必要あんの?」
「……必要ないからこそ合わせたいんじゃん……」
「え? ごめん。聞こえなかった。なに?」
「ううん。別にいいの。ごめん」
ひとりごちてから、質問を切り替える。
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