. ただの大声だ。怒鳴りつけたのなら怒っていたのだろうし、悲鳴を上げたのなら悲しかったのだろうけれど、そういった判断が成せてしまうくらいに感情は遠くにあった。
それはそうだとも。これは反感ではない。反論だ。
「そんなこと言わないで―――麻祈さんは、珍獣なんかじゃない! 珍しいとこだって、どこにもない!」
「へえ」
「本当に、本当なんだから! 確かに、なんでか冷凍庫にレトルトカレーとビーフジャーキー入れてるし、冷蔵庫に歯ブラシ入れてるけど! お洗濯だって段ボール箱から噴水にしたまま畳んでないし! 平気で半裸のまま玄関に出るし! 約束したのに忘れてるし―――!」
そうなのだ。
どれもこれも。
嘘偽りなく、本当に。
「忘れてたら謝るくせして、許されたらありがとうって笑うし! 辛そうなことも誤魔化すし、いいことしても誤魔化すし、どっちだってそれは俺の身勝手ですからなんて言うし! それが珍しい動物なら、それこそ、それを指差すそいつらこそが、世にありふれたド畜生じゃないか!」
電話向こうからの返事はない。
言い返されたなら、どれだけでも大音声を続けることが出来たろう。同意し、保障し、慰めてくれたなら、それこそ葦呼に言葉の続きを委ねてしまえたかもしれない……筋道の整った、誰もが納得して受諾するに違いない話に、してしまってくれたろう。彼女ならば。
これだけは絶対に、そんなふうに片付けさせたくはない。
「やめてよ、やめてほしいよ。おねがいだよ。つらいんだよ、だからしないで―――」
こじれていなければ受け入れられないような、ややこしくもなんともないもの。
それは、あまりにありふれていて、目に見え、口にするたび、うとましい嘘臭さを纏うようになる。
今この時でさえ、それは例外ではない。
紫乃は、震えながら黙り込んだ。ジレンマが喉に詰まると、失くしてしまった言葉の行き場を求めて、目が泳いだ。目を閉じる。それを、手で押さえつける。奥底から溢れ続けようとするものを押し込めるには、もうそうするしか残されていなかった。
葦呼が呟く。ぽつりと。
「泣いてるんだね」
ぽつり、ぽつりと。
雨垂れのように、だったかも知れない。
落涙のようだったかも知れない。
「かつてのあたしにゃ出来てたかも知れなかったことだ。いいなぁ」
まるで雨宿りをするかのように、葦呼がせりふを立ち止まらせて、気配をひそめる。
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