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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.―――そこでまず頭をよぎったのは、こいつ性別あったのかという、友人への身も蓋もない再評価であり。

 つーか抜本的にメスっぽくないからこそオスに性的嫌がらせすんのも楽勝なんだろうよコンチクショウという、友人らしからぬ再々評価による脳裏的卓袱台(ちゃぶだい)返しであり。

 ついで追い打ちを掛けてきたのは、これをまんざらでもない据え膳だと舌舐めずりするには好条件じゃなさすぎる今現在への恨み言―――俺のこと振っときながらこのクソアマこの以下略のような過去歴も混じった気はしたが―――であり。

 あと、強姦罪と準強姦罪に纏わる幾つかのニュースも、トピック以上に思い出しかけはしたが。

 なにより最後に、今までの全部を押し流して溢れ返った怒涛が、これだ

「無理むりムリむり(No can do,no can do,no can do!)、ム・リ(Hell no!!)!」

 絶叫を擦り切らしながら、ノリノリで痴女と化している佐藤の手を引き剥がす。それ自体は容易いことだったのだが、麻祈は同時に、安易過ぎた対応を取ってしまったことを悟った。佐藤が、むっとした顔つきも露わに椅子から立とうとする。それを反射的に、力任せに押さえつける。

 佐藤は、それでも席を立った。力尽くで押し返すでなく、両肩を掴んでいる麻祈を支点に、ぐるりとテーブルを回り込んで、通路に出たかと思うと―――今度こそ正面から、レスリングを挑むかのような万力で掴みかかってくる。レスリングには無用のごった煮スラングで、発破をかけながら。

「てめぇの好き勝手にゃされねー(I'm not your doormat!)! オラぁウスノロじゃねー(I ain't stupid, you know!)!」

「静まれ(Shush you!)! 落ち着きなって(Take a chill pill!)!」

 小粒な女―――である以上に、へべれけ―――の運動力など高が知れているので、押しとどめることそのものは大したことではないのだが、押しとどめ続けるとなると容易ではない。と言うよりも、こんな社交ダンスでも開始しそうな取っ組み合いを店員に発見された場合、出入り禁止を食らってしまいかねない。それは困る。となると、この膠着状態を一刻も早く解くことが、最優先されるべき喫緊の課題……

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.日本酒は、例えるなら、道路で点滅している赤信号だ……まだいける・ほらいけると図に乗った歩行者には、まず間違いなくアウトが待っている。遺伝子検査も誤解するタフな解毒能など、見た目からして真っ赤な佐藤に期待するべくもない。だというのに、呼気が帯びた酒気は濃厚だ―――肺から体外に放出される段階まで、全身にアルコールが浸透してしまっているのだ。それはもう、濃厚に。

 血の気がひく。もろとも、流暢な懐柔を日本語で練るゆとりまで失せてしまう。それでも、佐藤の暴飲は宥めすかさなければ止まりそうにない。とりあえず、こめかみの横まで挙げた両手を開いて、害意のない旨を示す。

「ちょ、うあ、おいおいおい(Whoa, whoa, whoa,)、クールにいこうや(Stay dench!)。 どこ吹く風って調子になれって(Do be cool,calm,and collected!)」

「しゃらくせえ!(Gah! Bite me!) 飲んでハイなんだよ!(Just got crunk!) ノってんだよ!(Cooking with gas!)」

 佐藤は、聞いていない。いや、聞いているからこそ、大声でごねていると言おうか。手足もばたばたさせている。景気づけのつもりらしい。

 前途多難である。

「ヴう(Ugh)……やんなってきた(You make me cringe)……」

「Whatever! Get off my nuts!」

「オイイィィいい加減よして(Gimmi a break!)!」

 めげかけたところにぶちまけられた弩級の卑語に、麻祈は顔を跳ね上げた。勢いのまま、がっと席から立ち上がって、テーブル向こうにある佐藤の両肩を正面から掴む。さがっていた筈の血の気が一気に噴き上がって、それに劈かれた背筋が、熱いくせして総毛立っていた。

「ドタマ冷やせ!(Just Chill out!) 意味分かってんのかテメェ(You know what I mean!?)!? おま(You)―――って、えエと! 今! お前は『だからなんだ、俺がトチ狂う邪魔すんな!』と言ったつもりだろうけど実のところ『いいから俺のイチモツをよがらせろ!』っつったんだぞ今コルァ!」

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.麻祈用の冷水をコップで運んできた店員が、注文を窺ってきたが、追い払う。佐藤がなにか注文しようとしたのは察していたが、鈍いふりをして黙殺した。

 当然、彼女の刺々しさは鋭利さを増したが、麻祈は意図的にしらばっくれ続けた。のみならず、へらへらと、語りかける。天然というやつだ。適度な馬鹿は憐れまれる―――それを狙っていた。

「え? あの。それ。酒ですよね。実際のところ、イケるクチだったんスか佐藤センセ?」

「ハァ?」

 えもいえぬ横暴さを醸し出す睥睨が、佐藤からの返答だった。

「あんたソレ誰に聞いてんの? こないだ民間から試供品で来たからやってみたアルコール感応検査はレッドカードだっちゅのバカヤロー。色合いでなく意味的に」

「民間って―――あれ遺伝子検査だったろ! お前にゃ飲むだけ毒だってことじゃねえか遺伝子レベルで! なにしてやがるんだ!(What the fuck are you doing!?) ヤベェっての!(Bloody hell!!) めっ! しっしっ!(Shoo!!)」

 血相が変わるせりふ半ばに、麻祈は佐藤から猪口を取り上げていた。あっさりと、それは叶った。佐藤はそちらを囮に、テーブルの徳利そのものをかっ攫ったのだから。

 どころか、三本のうちの一本に噛みつく。

 呷(あお)り出す。

 ラッパ飲みだ。

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.なんにせよ今後の展開には抗うつもりで意志を研ぎ、佐藤にぎろりと牽制の睨みを利かせる。ほどよく紅潮したすべらかな女の目許は魅力的だった―――ただし、陣取っている半眼から、麻祈の億倍の迫力が放射されているとなると、総合評価は変わらざるをえない。浅い息づかいもそうだし、血気と酒精で潤った唇もそうだ。そして呼気が、えらく低い声を帯びた。

「あにしてんの? すぁれば?」

 呂律が回っていない。

(ヤバし)

 佐藤ヤバし。

 彼女に関わらずに済ませることができるような火急の件を思い出そうとするものの、膀胱に尿意は無く、記憶に急用はない。となると、突飛かつ比較対象にもならないような独創的な案件を閃くしかない。野良犬が爆発した。生理痛がひどいんです。お気に入りのお天気お姉さんの生放送を穴が開くほど見詰めたいという衝動にどうしても抗しきれない。あ、悪りイ、窓際のサボテンに話しかけてくんの忘れてた……

(忘れたままにしとくべきだろーそれ。いや、それどころじゃねーくて、どれもこれも)

 自分の中のネオな扉をそのままそっと閉め直して、長考し続ける根気も無く、観念した麻祈は佐藤の真向かいの席についた。

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.迷惑そうに行き交っていく店員を尻目に、その場から佐藤のものと断じた指先を睨む。その指には、白い小皿があった。先に食事を始めていた? だとしたら、なにを食べて―――

「ンだと?(What's the?)」

 視認した途端に、ぎょっと声を上げてしまう。佐藤の手にした什器は、皿よりも碗の形状に酷似しており、更には碗のように両手で扱う大きさではなく、指先でつまむものだったからだ―――そこまで認めてしまえば、断言せざるを得ない。あれは猪口だ。しかも硝子製で無いということは、恐らく、……燗にした、日本酒の。

(鬼門じゃねえか!)

 ぞっとする。

 サキ―――日本で言う酒―――は、口当たりがよく乾杯を重ねやすい反面、代謝が悪く尾を引きやすい代表格だ。酒豪といわれる麻祈でさえも、調子に乗って記憶と理性と意識を飛ばした経験がある。男性より肝臓が小ぶりな女性、しかも飲酒に不慣れな佐藤が手出しすれば、ひとたまりもない。

 そしてその単純な推察を、佐藤がしないはずがないという確信が、麻祈にはあった……ともかく、十七秒前までは、それは揺らがない事実だった。佐藤はアルコールの価値を人間関係の潤滑油くらいに評価していたし、事実として彼女は、積極的に潤滑させずとも麻祈とは円滑な交友を続けることが可能であると察せられる頃合いからオタク会で飲酒しなくなった。だとしたら、十七秒を過ぎても続いている、これはなんだ?

 とにかく、ここからの観察には限界がある。麻祈は、惑って踏みとどまっていた分を盛り返す勢いで、つかつかと佐藤のテーブルに歩み寄った。そして、席のすぐ傍で、立ち止まる。見下ろす。天板に乗っかった、ふわふわした髪の茶色い輪郭は、間違いなく佐藤の後頭部だ。そう。後頭部。

 後頭部しか見えない。テーブルに突っ伏(head Desk)している。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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