.麻祈用の冷水をコップで運んできた店員が、注文を窺ってきたが、追い払う。佐藤がなにか注文しようとしたのは察していたが、鈍いふりをして黙殺した。
当然、彼女の刺々しさは鋭利さを増したが、麻祈は意図的にしらばっくれ続けた。のみならず、へらへらと、語りかける。天然というやつだ。適度な馬鹿は憐れまれる―――それを狙っていた。
「え? あの。それ。酒ですよね。実際のところ、イケるクチだったんスか佐藤センセ?」
「ハァ?」
えもいえぬ横暴さを醸し出す睥睨が、佐藤からの返答だった。
「あんたソレ誰に聞いてんの? こないだ民間から試供品で来たからやってみたアルコール感応検査はレッドカードだっちゅのバカヤロー。色合いでなく意味的に」
「民間って―――あれ遺伝子検査だったろ! お前にゃ飲むだけ毒だってことじゃねえか遺伝子レベルで! なにしてやがるんだ!(What the fuck are you doing!?) ヤベェっての!(Bloody hell!!) めっ! しっしっ!(Shoo!!)」
血相が変わるせりふ半ばに、麻祈は佐藤から猪口を取り上げていた。あっさりと、それは叶った。佐藤はそちらを囮に、テーブルの徳利そのものをかっ攫ったのだから。
どころか、三本のうちの一本に噛みつく。
呷(あお)り出す。
ラッパ飲みだ。
あまりの光景に、嚥下に動く首筋を、唖然と見送るしかない。その未熟な喉仏がカワイく上下動すること、一回―――二回―――そして、……
どん! と徳利をテーブルに叩きつけた。
親指の付け根で無造作に口角を拭った。
げっぷをした。
麻祈へと、泡を飛ばしてきた。
「飲まずに出来うかぁこんな話!」
極め付けだったのは、その啖呵だ。
文句そのもののキナ臭さ以上に、そこに漂う酒臭さの濃度に戦慄する。
(医者の分際で、急性アルコール中毒で搬送される気か、この馬鹿―――!)
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