.その能天気に晴れ渡る酔いどれた横面を、恨みがましく見守るしかない。正直な話、そんなことすらしたくない。白人圏で白人が口にするならともかく、日本らしい日本人が口にすると洒落にならない禁句が、今この時に発砲されるかも分からないのだ―――佐藤は、それを軽々に考えている。抜本が生粋ジャップだからだ。それを痛感する。
とにかく、諌め続けなくては収集も望めない。いつの間にやら平手が拳に変わっていて、殴り付けられる筋骨が痛み出していたが、どうにか麻祈は自分の手つかずの冷水コップを佐藤の前に移動させた。彼女は見向きもしない。呼びかけるしかない。
「アァ(Ah)……もっと(More)……じゃんじゃか水を飲むべきじゃねーかなぁ(More and more water needed methinks,)? まあ俺としてはってだけだが(but that's just my two cents.)」
「クソ食らえだ(Up yours,)、カス野郎が(Sonuvabitch!!)! くたば(Fuck yo)―――!」
べえ、と舌まで出してから、佐藤は拳から立てた中指をこちらに向けようと―――
したそこへ、べしっと手刀を振り下ろして、どうにか彼女のファックサイン(The finger)を中断させる。思わず手が出ていた。まさか自分が、友人に暴力を振るう時が来るとは……
(続けさせるよりマシじゃボケぇ!!)
みみっちい呵責を叱り飛ばし、麻祈は無理矢理息巻いた。佐藤は、ここが日本でなかったら、犯されて殺されて埋められたところで納得されかねない侮辱を振りかざしかけたのだ。いや、日本であったところで、麻祈が相手でなかったとしたら―――
(違う。そうじゃない。相手が、俺だからだ)
はたと、麻祈はそれに気付いた。
(俺が相手だから、佐藤の日本圏が薄まってるんだ。駄目だ駄目だ俺が俺してちゃ駄目だ。いつもの逆で、佐藤が俺を引きずっちまう。日本語ニホンゴにほんご……)
どうにかこうにか、頭を転居させるべく足掻く―――横書きよ、縦になれ―――Ahじゃなくてアァでいいから俺―――佐藤がなにを仕出かすか分からない今、さほど時間的余裕も無い。とにかく、うろうろと間に合わせにまろび出させていく声音だけでも、どうにかこうにか取り繕う。
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