「なに? 酒を飲まないと出来ない話ってなに? なんであったところで意味ありませんよーそんなの。とっくに自分自身にイニシアチブ取られてますからー。コカイン(initiative)キメてるみたいにラリっちゃってる今、なに言ったところで酔っ払いの世迷い言とみなされるだけですからー」
「言ったな」
きょろ、と充血させた目玉を麻祈に転じ、佐藤が身体をくねくねさせてから上半身を反り返らせた。胸を張りたいだけなら、途中の仕草は奇矯な振り付けとしか言いようがないが、まあ勝ち誇るオーラっぽいものを振り撒きたかったのだろう。だとしたら成功したとは言い難い。としても、不可抗力だ。溺酔とは、己の観点から客観性を溶け出させる……
というわけで、佐藤の満面至極とした高笑い混じりの喝破は、ぽつんと置いてけぼりの麻祈など露と知らず、どこまでも続いていく。
「言いおったな。ほほほ。おほほほほ! 片腹痛いわ!」
「両腹じゃなくて良かったですね」
「わらわが、その世迷い言こそ欲していたとも露知らず、そなたはその口から言いおったな!」
「わー見事な予防線んー。へべれけとして、素面に戻った時に記憶が無い様相を完装しやがったー。宿ってるよ。もう完璧に宿ってるよこいつ。すいませーん、ソレどこのどちら様の霊魂ですかーぁ? 宮中では策略家なくせして実は性根が幼稚なだけの継母ですかぁーあ?」
佐藤の売り言葉に、買い言葉を投げつける。心がけて、幼稚に。
麻祈がそうすればそうするだけ、佐藤は気の身着のまま、好き放題に喋り続けるはずだ。その合間を見つつ、ノンアルコール飲料とツマミ―――可能な限りしょっぱくて水分が欲しくなるもの―――を注文し、寝オチするまで見届ける。跳ねまわるボールと同じだ……ボールに振り回されていると思うから追いかけるのに腹が立つのであって、ボールのバウンドを見越して、つかず離れずドリブルしてやれば、コントロールは容易となる。現実はふたつにひとつの有限だが、頭脳が練るシミュレートは無限だ。どれも自分は放棄しない。さあ、次はどう跳ねる?
ところが佐藤は、麻祈が観察眼を澄ました途端、掌を返したように動かなくなった。
一分ほども、そうしたろうか。ぽて・と、高飛車に構えていた手を落とす。崩れた座り姿で沈黙するその姿は、彼女の髪の色とあいまって、幼児がおままごと相手にと拙く椅子に腰かけさせたテディベアを思わせた。ハイ・テディ、姿勢もご機嫌もナナメってるみたいだね? そんな時は、出来ることなら泣いてみない?
(泣く? 泣くのか?)
その可能性に思い至って、麻祈はぎくりと身構えた。佐藤が泣くだと?
そして、しばらく―――彼女からこぼれたのは、問いかけだった。
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