「ねえ。宇宙って分かる?」
ちらと、目角から彼女を窺う。佐藤は椅子に凭れたまま、項垂れがちに前を向いているだけだ。その瞳に、涙の厚みは無い。
「それなりに」
とりあえず麻祈は、可もなく不可もない応酬をした。
佐藤は満足しなかったようだ。
「だったら、三次元閉多面体と三次元閉球面って分かる?」
にべもない問い。それは、またしても落ち着いている。
途端に、手心を加えているのが馬鹿らしくなった。さっきまでのように話し方が舌ったらずだったなら、まだしも保護者気取りで猫可愛がりする意欲も継続しただろうが。辛辣に舌打ちし、煙たがる。
「いい加減にしろ。なんの話をしたいんだ。まさか、証明されてン年間のこの期に及んで、ポアンカレ予想についてじゃないだろうな?」
「半分アタリ。ポアンカレ予想じゃないけど、今更の話だ。今更の」
話は続く。ならば聞くしかない。となると、こたえるしかない……
「分かるに決まってることを分からない奴ってどう思う?」
「思った過去さえ無かったことにするのが手っ取り早いと思う。武力で相手の存在を消去するのでも、知力で己のメモリーを改変するのでも、とにかく根こそぎ排除しにかかるべきだね」
「違う。どう思うかと尋ねてる。反射的な嫌悪感を衝動的に解消する短絡な手段の提案を求めてるんじゃない。どう思う?」
「……めんどくせーよ」
そうだ。なにもかも面倒だ。こうなると、見栄を張ることさえ。
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