.麻祈は、注目と注意を佐藤に引き戻した。彼女は反駁するでもなく、あっさりと唇を閉じている。言葉を呑んだついでに、麻祈から献上した冷水を飲んでくれそうな気配もないが。
そう言えば、お冷やついでに置いていかれたおしぼりのことを忘れていた。自分の分もそうだが、佐藤の分も手つかずで卓上に転がっている。そのひとつを、隣席の佐藤の前に転がしてから、
「絶対に分かり合えない者同士が、絶対的に分かり合おうとする。それは―――そうだ、まさしく、『カワヅ』に見る不条理の再来じゃないか。作者はジェイヤーだったか? 前に、お前から借りた本だぞ。まさか持ち主が、内容を忘れたとは言わないだろ?」
「言わないよ」
佐藤の手が動いた。おしぼりを取るつもりだろうと思っていた。
だから彼女に胸倉を掴まれた時も、掴まれてぐいと引き寄せられてからも、麻祈はされるがままになっていた。
佐藤が、喉笛を軋らせる。
「だからこそ言わせてもらおうか」
「なにを……?」
「たわけ。お前が、さっき言っただろ。酔いどれババァの世迷い言を、だ」
吐き捨てるように嘲るくせに、瞳の光は静かなものだ。落涙の予兆すら見つからない。おかげで、目を逸らす理由も無い。
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