.運転手は麻祈と佐藤に、軽はずみな世間話を投げかけてきたりしなかった。発車前に丁寧な運転をしてくれるよう言付けたのが、眠りたがっている恋人を気遣う純でいじらしい青年像と映ったのかもしれない。まあ、構いやしないだろう。都合良くデコレートされておくだけで、赤の他人とのトークに神経を磨耗させないでおれるなら、こちらとしてもお安いレートだ。
ただしそれは、顔見知りと長い分数を無言で過ごす気まずさに比べれば、なんぼかマシだというだけでしかない。どうしようもなく、後部座席で肩を並べる佐藤に呼びかける。
「なあ」
「はい」
あろうことか、返事があった。麻祈のように気まずいのなら、佐藤はタヌキ寝入りを決め込むに違いないと、信じて疑っていなかったのだが。
となると、やはり彼女の状態は重篤だ。これっぽっちも素面を取り戻せていない。佐藤がこのまま宿酔を持ち越すのは免れ得ないところだろうが、それを少しでも軽減させるには、ひと声でも多く喋らせて、呼気からアルコールを排泄させておくべきだろう。
麻祈は、会話を継いだ。
「さっきの話。本当に生き残ったのか? さっきの、ふたりのうちの、ひとり」
「生き残ったよ」
「どうして?」
「疑問?」
「当然だろう。在り得ないことだから」
まるで吟味するかのような、佐藤の沈黙。
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