.もう窓を開ける気にもなれない。ずるずるとその場でカーペットにへたり込んで、掴んだままの携帯電話ごと胸骨を押さえつける。まだのたうちまわっている心臓が、気味悪い。ああまったく、階段を駆け上がってから、もう何秒たってると思ってるの!
(そんなことないって言おうとした。わたし、そんなことないって言おうとした)
男の子にでもフラれたの?
(なんで。なんで、なんで……?)
なぜ母から。なぜ、そのような話が。
そして、なぜ自分から、あのような母への返事が。
おかしい。馬鹿げている。ありえない。だって、紫乃が“彼”に対して抱いていたのは、いつだって“どうして”という言葉だけだった。
言葉……それは、華蘭ならば、昼ドラのような三角関係だったと語るのかもしれない。小杉に至っては、人の恋路の邪魔をする三下を蹴散らした武勇伝の一ページを増やすどころか、憧れの男性から袖にされるならまだ良かったものを、変態どもがカタルシスを得る余興として使い捨てにされるという黒歴史へと暴落させられたのだから、貝のように口を閉ざして話さないに違いない。
―――麻祈は、恐らく、語らない。そう思える。話さないのではない。はなから話にならないのだから、語りようがないものはしょうがない。それがなにか? ―――と。
やめなさい。……こんなこと、言う気力さえ失くしてくれるんだから。あの王様は。
(葦呼)
はたと、紫乃は思い出した。それは唯一、葦呼が紫乃と麻祈について語った言葉だった。
(……あの時の葦呼、妙だった)
激発した。だけでなく、紫乃の胸倉を掴んできた。衝動に劈かれることに子どものように怯えながら、それでも堪えられないところから溢れ返るのを止められなかった。まずは啼くしかなかった。いずれは、泣くしかなくなってしまうかも分からなかった。そうなる前に本音を絶った。目を閉じて、それを悼んだ。それは―――
(普通じゃん)
ふと、紫乃はそれに気付いた。
(普通のことじゃないか)
どこも妙ではない。これっぽっちも、奇妙ではない。ありふれた人間の、ありきたりの本来の姿に過ぎない。
だとしたら、彼女が口にした言葉までも、ありふれてありきたりのそれだったのか?
やめなさい。―――それは叱責だった。
こんなこと、言う気力さえ失くしてくれるんだから。あの王様は。―――それは、独り言だった。
あんたら。本当に、お似合いだ。―――それは……
(―――それ、なに?)
困惑は層を増していく。それを数え上げるように、疑問符を唱え続ける。
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