.なんにせよ今後の展開には抗うつもりで意志を研ぎ、佐藤にぎろりと牽制の睨みを利かせる。ほどよく紅潮したすべらかな女の目許は魅力的だった―――ただし、陣取っている半眼から、麻祈の億倍の迫力が放射されているとなると、総合評価は変わらざるをえない。浅い息づかいもそうだし、血気と酒精で潤った唇もそうだ。そして呼気が、えらく低い声を帯びた。
「あにしてんの? すぁれば?」
呂律が回っていない。
(ヤバし)
佐藤ヤバし。
彼女に関わらずに済ませることができるような火急の件を思い出そうとするものの、膀胱に尿意は無く、記憶に急用はない。となると、突飛かつ比較対象にもならないような独創的な案件を閃くしかない。野良犬が爆発した。生理痛がひどいんです。お気に入りのお天気お姉さんの生放送を穴が開くほど見詰めたいという衝動にどうしても抗しきれない。あ、悪りイ、窓際のサボテンに話しかけてくんの忘れてた……
(忘れたままにしとくべきだろーそれ。いや、それどころじゃねーくて、どれもこれも)
自分の中のネオな扉をそのままそっと閉め直して、長考し続ける根気も無く、観念した麻祈は佐藤の真向かいの席についた。
佐藤を見る。佐藤は動かない。ふてぶてしい酔っ払いそのもので、近寄りがたい険呑さを放ちながら座席でふんぞり返っている。
麻祈は、佐藤を無暗に刺激せぬよう、そっと思考を進めた。テーブルの影、臍の上で指を組み合わせて、現状を見極めることから始める。
現状とはなにか? 居酒屋にて、佐藤が酒を飲み、理性を欠きつつあることだ。それ自体の善し悪しや飲酒に至った経緯を問うことに益はない。ならば、益はどこにある? あるとも思えない。せいぜい、佐藤の酒精によって盲いた部位と程度を麻祈が適切に判断し、それを補佐することで、損益を出さぬようこの場を丸く収めるくらいしか。
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