.迷惑そうに行き交っていく店員を尻目に、その場から佐藤のものと断じた指先を睨む。その指には、白い小皿があった。先に食事を始めていた? だとしたら、なにを食べて―――
「ンだと?(What's the?)」
視認した途端に、ぎょっと声を上げてしまう。佐藤の手にした什器は、皿よりも碗の形状に酷似しており、更には碗のように両手で扱う大きさではなく、指先でつまむものだったからだ―――そこまで認めてしまえば、断言せざるを得ない。あれは猪口だ。しかも硝子製で無いということは、恐らく、……燗にした、日本酒の。
(鬼門じゃねえか!)
ぞっとする。
サキ―――日本で言う酒―――は、口当たりがよく乾杯を重ねやすい反面、代謝が悪く尾を引きやすい代表格だ。酒豪といわれる麻祈でさえも、調子に乗って記憶と理性と意識を飛ばした経験がある。男性より肝臓が小ぶりな女性、しかも飲酒に不慣れな佐藤が手出しすれば、ひとたまりもない。
そしてその単純な推察を、佐藤がしないはずがないという確信が、麻祈にはあった……ともかく、十七秒前までは、それは揺らがない事実だった。佐藤はアルコールの価値を人間関係の潤滑油くらいに評価していたし、事実として彼女は、積極的に潤滑させずとも麻祈とは円滑な交友を続けることが可能であると察せられる頃合いからオタク会で飲酒しなくなった。だとしたら、十七秒を過ぎても続いている、これはなんだ?
とにかく、ここからの観察には限界がある。麻祈は、惑って踏みとどまっていた分を盛り返す勢いで、つかつかと佐藤のテーブルに歩み寄った。そして、席のすぐ傍で、立ち止まる。見下ろす。天板に乗っかった、ふわふわした髪の茶色い輪郭は、間違いなく佐藤の後頭部だ。そう。後頭部。
後頭部しか見えない。テーブルに突っ伏(head Desk)している。
四人掛けテーブルに。ばったりと。手にしているのが猪口でなく血文字のダイイング・メッセージだったら、これから確実に連続殺人事件と名探偵の捕り物劇の幕開けとなるような、そんな構図で机上にぶっ倒れている。そして、そんな殺人事件の際にはまず間違いなく都合良くヒントになる遺留品のように、佐藤の頭の間際に徳利が並んでいた。三本の。
(遺留品ってか、死因だ……これ……)
度肝を抜かれれば、胆力も失せる。声も出なかった。ただ、佐藤の横に立ち尽くす。
途端だった。むくりと、佐藤が起きる。
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