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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.とん、とん―――と、片手の人差し指で己の膝頭をノックしつつ、麻祈はそれを夢想する。彼女はどのように物思うのだろう。絶対に分かり合えないもの同士が、絶対的に分かり合おうとする悲劇について。あるいは、悲劇だと論じた麻祈について。

 ふとした思いつきに、彼は指先を拳にしまった。なんだってんだ、ありえないだろう、この自分の仕草は。まるで、西部劇でガンマンに接する保安官じゃないか。下らない保身のため、虚栄を張った威嚇をせずにいられない、憐れましい老いぼれ―――

 イメージを振り切るように、麻祈は淡々と指摘を続けた。

「人間に、絶対なんて在り得ない。百パーセントなんてものは存在しない。在るならば、それは人にそっくりな怪物だ。怪物同士が分かり合おうとする? そりゃ共食いだろう。だったら、食い合って両方消え去るしかない―――絶対なんだから。なのに、なぜ片方だけ生き残った?」

「てっこつもイエモトも、てっこつでもイエモトでもなかったから」

「……―――は?」

 麻祈が聞き返し、振り返るまでの絶妙の空隙に、佐藤は眠ってしまっていた。

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.運転手は麻祈と佐藤に、軽はずみな世間話を投げかけてきたりしなかった。発車前に丁寧な運転をしてくれるよう言付けたのが、眠りたがっている恋人を気遣う純でいじらしい青年像と映ったのかもしれない。まあ、構いやしないだろう。都合良くデコレートされておくだけで、赤の他人とのトークに神経を磨耗させないでおれるなら、こちらとしてもお安いレートだ。

 ただしそれは、顔見知りと長い分数を無言で過ごす気まずさに比べれば、なんぼかマシだというだけでしかない。どうしようもなく、後部座席で肩を並べる佐藤に呼びかける。

「なあ」

「はい」

 あろうことか、返事があった。麻祈のように気まずいのなら、佐藤はタヌキ寝入りを決め込むに違いないと、信じて疑っていなかったのだが。

 となると、やはり彼女の状態は重篤だ。これっぽっちも素面を取り戻せていない。佐藤がこのまま宿酔を持ち越すのは免れ得ないところだろうが、それを少しでも軽減させるには、ひと声でも多く喋らせて、呼気からアルコールを排泄させておくべきだろう。

 麻祈は、会話を継いだ。

「さっきの話。本当に生き残ったのか? さっきの、ふたりのうちの、ひとり」

「生き残ったよ」

「どうして?」

「疑問?」

「当然だろう。在り得ないことだから」

 まるで吟味するかのような、佐藤の沈黙。

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「ああ、なんてこった。お前がご持参下さった建前は、わたしめのような下衆にさえ、神様みたく堅牢であらせられる! ほらよ、お次はお前の番だ。お待ちかねだろ。続けてやれよ―――やれよ、それをしたいがための犠牲だろうが、今のすべては!」

 佐藤は、―――

「違うよ。あの妖怪が、そんな大層なものか」

 ひとりごちると、あっさり麻祈を開放する。

 そして、言ってきた。酒席に座り直して、いつものように。アルコールの入った麻祈に接するように。

「確かこないだの学会では、複素関数とランダム行列が目玉だったんだよね?」

「―――そうそう! やっぱそーじゃねーと(Now you’re talking!)! そうなんだよ、その演者が! フィールズ賞候補に何回も挙がってるあの博士、―――……」

 麻祈も、オタク話に向けて口火を切った。お手の物だ。アルコールの入っていない佐藤のように、彼女に接するのなら。

 そして尽きるまで、駄弁は続く。麻祈は一滴も酒を飲まなかった。

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.正気の沙汰ではない。そうなることさえ狙っての深酒なのだろうが、そうであっても、正気の沙汰ではない。そうまでして問うことなのか? お前の世界に、誰かは、いるか?

(―――いねえよ)

 人でなししか。

(いらねえよ)

 人でなししか。

(うるせぇよ……るっせぇんだよ、テメェは! 俺のことなんだから、ややこしくすんじゃねーよ! 人様がそれでいいっつってんのに、それでも藪をつついて蛇を出そうとするとか、テメェこそ何様のつもりだよ! この―――この、)

 この世話焼き。

 そう続けたくないと、思ってしまうことを、今までそうしてきたように、分かることなく、いたかった。そうして、彼女と“別ることなく、痛かった。”

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「悲劇? だったかもしれない。ひとりは死んで、もうひとりは生き残ったから。だけど、それだけじゃない。メシ食えば旨い、人といれば温い、だけじゃない、―――ここに、生き残ったんだから」

 吐息さえ絡む瀬戸際から佐藤によって吸わされる言葉は、まるで乳のように血の味がする。そんな血迷った倒錯が、乳飲み子のように白んでいる頭では、なぜか相応しいと―――そう思えた。

「お前の世界に、誰かは、いるか?」

 麻祈は、答えることが出来なかった。問われていることしか分からなかったのだ。本当に。質問に、追いつけない。

 いる? それは、必要なのかという意味か? 存在するかという意味だろうか?

 いつだってこうだ。こうしていつも、相手に誠実で在ろうと思えば思うほど、擦れ違いは無様さを増して嵩を肥やす。だからこそ、そうやって無意識にチャンネルを切っている―――

 それでも、無理矢理アクセスしてくる奴へは相手をするんだから。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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