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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「おっひさぁ! 紫乃! 元気?」


「うん。華蘭こそ元気そうね」

「まっさかぁ! 超へとへとだってぇのー。今週ヘヴィー過ぎぃー」

 けらけらと笑い飛ばしてくる友人の声音に、こっそり安心する。怒声や悲鳴ではないということは、なんらかの事件に由来した井戸端会議をせずとも済むのだ―――感情豊かな華蘭に引きずられて、身につまされた逸話を土台にした凶夢に苛まれることもしばしばだから、正直なところありがたい。

「で? どうしたの? 葦呼との高校女子会にしては、時期外れじゃない?」

.

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. 気象庁がどんな基準で梅雨前線というものを判断しているのか知ったことではないが、じっとりねっとりむっとりした空気がこんな時間まで退いていかないのだから、もう今夜から梅雨でいい。梅雨で行こう。投げ槍に思う。思ってから凹む。

(むっとりって何……?)

 脳がカビている証拠ですよと暗なる啓示を受けたようで、紫乃はうんざりと肩を落とした。毎年のことだが、お風呂から上がったのに清涼感が今ひとつとなるのだけは戴けない。梅雨になってしまったらなってしまったで、カタツムリや紫陽花や小学生の黄色い雨具の集団登校や、好きな光景はあるのだけれど、夜の寝室にはどれもないし。

(あったら困るけどね。特に集団登校。多分土足。きっと土足)

.

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「―――ん? 佐藤。か?」

「うう……そーゆーあんたこそアサキング……なに? 『佐藤。か?』って。なんで疑問系?」

「いや。いつも飛んだり跳ねたりしてるのに、今日は機敏じゃないから。
 こーんな天気がいい道すがらで、塀(へい)に伝い歩きとか……らしくないにも程があるだろ。どうしたんだ? せっかくのアンニュイな雨の午後に、庭先で子飼いにしてるアマガエルが誰かに踏まれたっぽくヨロヨロしてるのを見かけたみたいな、地味にハラハラした気分に陥るじゃんよ。俺が」

「とりあえず、地味にでもハラハラさせたことに関しては、心配無用と言っておこう。そしてそれ以外の部分には、チキショーと歯を剥いてやる。ちきしゃー!」

「言った先から発音おかしくね?」

「ところでホッチキスをホッチキシャーって改名するだけで、とりあえず攻撃力2割増しだと思うんだよね」

「武器じゃなくて文房具だって前提を忘れないでいてくれるなら、紙への貫通力が増強されるのは喜ばしいことだから、歓迎して受け入れてやるよ。ホッチキシャー」

「およ。まじでか」

「まじでだ」

「おっしゃー! こうして我が信義への帰依者を得たからには、以降は二人三脚で、名の改変による潜在能力解放戦線を勝ち抜くべき! べきべき! ばきぼき!」

「いや。ぶっちゃけホッチキスからして英語じゃねーから、日本でどう和製化されてたって大差ねーし。俺」

「うはー! そんな投げやりな賛同と怠惰な同順なぞ、この佐藤葦呼の人倫の綱(つな)に委ねるまでもなし、天網恢恢疎にして漏らさ―――うっ! 足が……!」

「そのタイミングでそんな風に喝破を上げられると、悪役の俺が敵対する中ボスを暗殺した場面みてーだからやめてくんね?
 ……にしても、そのふらふら状態の、どこが心配無用なんだ?
 俺でよけりゃー診察と処方するけど?」

「いーのいーの。ほっときゃ治るからー。
 昨日、慣れないピンヒールの靴を履いて何時間か出歩いたら、ヒラメ筋から腰まわりまで、筋肉痛になっちゃっただけ」

「? ぴん・ひーる?」

「そ。カカトんとこが、超絶に とんがったハイヒール」

「……『 stilettoes 』だろそれ」

「え? なんだって?」

「だから。靴の種類。
 『 stilettoes 』」

「なにそれ。es ってことは、複数形なの?」

「そりゃそうだろ。人間なんてほぼ2本足なんだから、単数―――片っぽだけじゃ、靴として成り立たないだろ。
 『 stilettoes 』は『 stiletto 』の複数形だよ」

「むう。それなに?」

「小さくて細身の懐刀(ふところがたな)」

「え? それってナイフじゃなくて?」

「うーん。広義には『 knife 』の一種でいいんだろうけど、それよりも、もうちょっとイメージ狭まる。
 見た目は『 paper knife 』に近くて、こー、身の危険が迫ったら背広の内ポケットから取り出せて、グサッといけるよーなやつ。どっちかってーと刺殺向き。
 だから、そんなカカトした女物の靴のことを、『 stiletto heel 』って言うんだ。俗には『 stilettoes 』」

「へー。ピンヒールって、あっちじゃそう言うんだ」

「まあ、『 spike heel 』とも言うけどなー。
 大体にしてスパイクならまだしも、針( pin )じゃ、靴のカカトとしちゃ荷が勝ちすぎてるだろ。折れちまうだろ。女の体重でも、さすがに。
 ピンヒールって言ってて、妙だなーとは思わなかったのか?」

「えー。だって。ピンって『1』の意味かと」

「え? どーいったことだ? それこそ」

「昔の日本じゃ、ダイスを使ったギャンブルを、よくやってたの。一つのコップにダイスを二つ入れて振って、コップを取って表れた数字の組み合わせを当てるって奴。
 そんで、ダイスの数字の『1』のことをピンって呼んでたのさ。1がふたつ揃って出たら、ピンゾロって具合にさ。
 ひとりでお笑いやってる芸人のこと、ピン芸人って言うじゃん。あれと同じだよ。
 だから、長い1本足が目立つハイヒールのことを、ピンヒールって言うのかなあと」

「そもそも2本足したハイヒールなんか見たことないけどな」

「そういやそうだ。あれ? なんで?」

「知んねーよ。脚にまつわる女の美学なんて。
 1本で足りるから、2本3本って増やそうとするモノ好きがいないだけじゃね?」

「えー。脚は女だけの美学じゃないでしょー。
 某大統領(♂)なんて『わたしは女性の脚に欲情する』ってマスメディアの前で言っちゃって、国中が大騒動になったんだよ」

某大統領(♂)の美学だろそれはっ! 男性全員の基本属性にしてくれるなっ!
 ……にしても、お前が足元からオシャレするとはねえ。性別あったんだな、佐藤」

「オシャレっちゅーか、威嚇」

「へ? 威嚇? 誰に」

「主に父親。
 あたしがひとり暮らしし出してからの、不定期な恒例行事で。家族で、洒落た店で外食したんだけどさ。
 いっつも、なんやかやと差し金を入れたがるから、とりあえず身長差で歯向かっといたの。うち、どっちも背ェ低いもんでね」

「ほほう。効果は?」

「あんまし」

「総評結果は?」

「延長戦」

「へえ。勝敗つかなかったのか。そりゃあ疲労だけ残るわな。かわいそうに。大変だ。大丈夫か?
 俺が協力できることがあるなら、いくらでも言えよ。言うだけタダだからな。表面上は」

てことは裏ではツケにされてんのっ!?

「んけけけけ。咄嗟にツッコめるくらい元気なんじゃありませんかあ。僕チン安心ですうー」

「にゃろー! 振り回したところで鞄が届かねー! これ見よがしに小走りで間合いを取りやがってぇ!」

「そーんなヘロんヘロんのあんよじゃ追いついてこれまーい。ったく・どーにも・モノ足んねぇ(Boop Boop Bee Doop!)! 悔しかったら、ちゃきちゃき元気になりやがれーい」

「アサキングめーっ! 今に見てろ! 後日ピンヒールで枕元に立って踏んでくれるわー!

某大統領(♂)以上の誤解を買う絶叫を職場隣接地で上げんじゃねー!!


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. そしてしばらく、変哲なく日々は続く。

 つまりは、働いて、誰彼となく関わりながら、ちょくちょく羽を伸ばす。小杉と坂田の存在こそ新しかったが、真新しさなど、失われてしまえばやはり変哲ないものへと変わってしまった。そんな日々。

 だからそうして費やせば、こうして終わりがやってくる。

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. 紫乃の知覚が、見て、感じて、触れた麻祈は、どこまでも麻祈だった。丁寧で優秀で楚々として、いつだって温和な闊達さを絶やさない。ユーモアは、時にブラックが効かされていても香辛料程度で、毒はない。感情の起伏から伝わってくるのは、温もりのある溌剌さばかり。誰への害意も宿らない。そうして、等しく、麻祈で在り続ける。それは―――

 “彼”が、“麻祈”として全民に阿(おもね)っている姿だった。

(どうして?)

 ひたすらに周囲の空気を読む特訓を積んだ紫乃だから、“彼”に気付いた。

 麻祈は、紫乃以上に鋭敏に、見られている自分を演じている。紫乃以上に有能な彼だから、完璧に近い形で、求められる“麻祈”をやり遂げている。それは群衆に溶け込むことで群衆を防御壁とする紫乃以上にまわりを警戒し、群衆の中にいるからこそ鎧兜を脱がずにいる無頼の姿だった。

.

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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