. 紫乃の知覚が、見て、感じて、触れた麻祈は、どこまでも麻祈だった。丁寧で優秀で楚々として、いつだって温和な闊達さを絶やさない。ユーモアは、時にブラックが効かされていても香辛料程度で、毒はない。感情の起伏から伝わってくるのは、温もりのある溌剌さばかり。誰への害意も宿らない。そうして、等しく、麻祈で在り続ける。それは―――
“彼”が、“麻祈”として全民に阿(おもね)っている姿だった。
(どうして?)
ひたすらに周囲の空気を読む特訓を積んだ紫乃だから、“彼”に気付いた。
麻祈は、紫乃以上に鋭敏に、見られている自分を演じている。紫乃以上に有能な彼だから、完璧に近い形で、求められる“麻祈”をやり遂げている。それは群衆に溶け込むことで群衆を防御壁とする紫乃以上にまわりを警戒し、群衆の中にいるからこそ鎧兜を脱がずにいる無頼の姿だった。
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いつしか、合コンの時の疑問が、ぶり返す。
(どうして、麻祈さんみたいな凄い人が、わたしみたいに諂(へつら)っているんだろう?)
貴族の彼が、どうしてそんなことをしているのか?
その問いを、過去に紫乃は諦めた。別世界の人だから、と。自分などでは、どうせ分からない、と。そうやって、自分の範疇から外れたものを諦める容易さに慣れていた。
そうすることは、もう出来ない。
在り方を望む方へ変化させようと努力することから、言い逃れないこと。頑張れるということを、他ならぬ彼が認めてくれたから。
“麻祈”より深く、“彼”を知るために。紫乃は、不定期に電話をかけ続ける。健康情報の真偽や葦呼の近況や医療関係のニュースへの疑問を引き合いに出しながら、本心では“麻祈”から“彼”が一片(ひとひら)でもこぼれ落ちて来やしないかと……ただ、それだけを考えていた。
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