. それは、物心ついた頃から。
どこまでも冴えない自分は気も押しも弱く、器量も才能も十人並みであるがゆえに十人並みの善良さと親切しか取り得が無いことを、紫乃自身どころか誰もが知っていた。なめられていた。幾度となく笑われた。一度たりと、笑わせることは出来なかった―――彼・彼女らの、誰のひとりも。
世を儚んで屋上から飛び降りるような希少な純潔種でさえなかったから、同じような雑種の集団に紛れて、恥を忍びながらたらたらと一日一日を生きた。そうしないと、その一日一日が針の蓆(むしろ)に這うような地獄と化すことを、紫乃は思い知っていた。クラス内で持ち回りでやってくる、精神衛生的なごみ箱役―――いじめや嫌がらせは、いつの時代もつきものだ。紫乃の学校も例外ではなかった。
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汚れ役なんて、江戸時代から非人(ひにん)・穢多(えた)といった下人の受け持ちと決まっている。学校の教室では、成績や言動や外見にかけがえのない一芸があるものは貴族で、芸がない奴は平民で、そうなると平民は貴族や特権階級―――親や教師や野球が延長したせいで録画に失敗した昨晩の深夜ドラマや―――への鬱憤がたまるから、それの捨て場所となる下人が必要となるのだ。下人は、いてくれるなら誰でもいい。敢えて言うなら、難癖のつけがいがあって、なおかつそのことをそいつ自身が熟知しているなら、なおいい。
あ、ごっめぇん。影が薄くて見えなかった―――自分の存在感の無さを知っているから、言い返すことが出来なかった。
うあカンベン、坂田の机に触っちまった―――うじうじとして表に出ていけない自分だから、ねとっとした菌みたいなのが移りそうなんだろうなと分かってしまった。
平民でいなければ。せめて平民でいなければ、授業中だけが自由時間の学校生活を、またしても課せられてしまう。授業中は生徒か学生でいられる。授業が終われば、苦役に服す時が始まる―――ごみを投げ込まれる下人以外の、自由時間(フリータイム)が始まる。うざいジャマい臭いアハハハハなに自意識過剰になっちゃってんの見た目どころか中までキモぉいんだけどコイツ……
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