. 平民でいるためには、平民の足を引っ張ってはいけないが、それ以上に平民から成り上ろうとしてはならない。下人は見殺しにしなければならないし、貴族には憧れるだけでいなくてはならない。夢を見て行動に出たら最後、図に乗るなと袋叩きにされてしまう。貴族ですら例外はなく、下民にまで落ちぶれたりするのだ―――事実として高校時代、脅威の頭脳を持つ変人特待生というほどほどの貴族だった葦呼が一斉にいじめの標的とされた事件は、矢十総司(やとそうし)というスポーツ能力&人柄・人望&美形が揃い踏みした最上級貴族とのアバンチュールを疑われたのが契機だったと伝え聞いている。まあ、矢十はのっけから誤解だと言うだけで野次馬騒ぎそのものには不干渉を貫いたし、なにより葦呼自身が私物どころか生身にさえ傷を作らされたというのに泣き笑いどころか頓着すらしなかったせいで、薄気味悪いと手を引く連中が続出したので、いじめその物はまたたく間に鎮火したのだけれど。
ともかくその時。
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横倒しにした葦呼の机の中に、わざと飲み残した缶ジュースを放り込んでは、イン・アウト・四点差と、葦呼の学生鞄を得点ボードにチョークでポイント数を抉(えぐ)って断罪の歓声を上げるクラスメイト達に、うち震えながら。紫乃は哀願していた―――どうか、わたしを見つけないで。
貴族でさえ、没落したら、ああなのだ。平民の自分は、たちどころに、いびり殺されてしまう。死なないけど。死なないけれどそれはともかく、とにかく、だからどうか見つけないで。みんなから落ちこぼれないようにしているから……みんなより、ふきこぼれないようにしているから……みんなの中に溶け込んでいるから……
そんな紫乃だから、“彼”に気付いた。
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