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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.パンプス入りのビニール袋をショルダーバックもろとも尻プレスしたのも二の次に、ドアを閉める。それから、私物を横に退避させた。太腿の付け根が痛くなってから、ビニール袋の中でバク宙していたパンプスのヒールが刺さったことを知った。自重による打撲だ。なんていうか、自分の間抜けさもろとも体重を思い知らされた気がして、地味に痛みが増した気がする。

 前の運転席では、フロントガラスの水滴を払い終えたワイパーをとめて、麻祈もドアを閉めた。彼がシートベルトを締めるのを見て、紫乃も肩の上にあるはずのベルト金具を手探りする。それはあったのだが、腹の前まで引き出したところで、固定用バックルが見つからない。暗い車内で手探りを続ける。麻祈が発車させる素振りはない。待たせている。

「―――え、あ……あった! 見つけ……てない、これ、ちが……」

 掴んでしまったポケットティッシュ(そこらへんに転がっていたらしい)を手放して、またしても格闘に戻るしかない。

「あ! あった。今度こそあった。え? 入ったけど違う。抜ける。これお隣さんのやつ、―――」

 それゆえに、どこまでもさまにならない格闘を続ける。

 そして、紫乃は勝った!

 かちんと音を立てて留まったバックルを軽く叩いて、その腕でガッツポーズなんかしながら、意気揚々と言い放つ!

「これで、よし―――あの、麻祈さん! も、もうオーケイです! シートベルトしました!」

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.階段を下りて、外に出る。雨は降っていない。地面は乾き始めて、まだらだった。蝉の音も蝙蝠も宵闇にひそんで、明日の朝までに昼間のほとぼりを冷まそうとするかのように静まり返っている。人影は見えたが、男か女かも分からない遠くで道を曲がっていなくなってしまった。こうも無人だと、目の前の国道には間断なく自動車が行き交っているのが不思議だ。

(まあ、車に乗ってる人が歩くはずないんだから、車道が車でいっぱいなら歩道がガラガラでも当然なんだけどさ)

 それでも、学校近くのファミリー向け一戸建て住宅街に生まれた時から住んでいる身としては、路上に人がいない風景なんて深夜以外考えられない。夜明け前には老人が新聞を取りに出てきて、夜更けには夜更かしした中高生が携帯電話の液晶画面の発光を灯篭にたむろしながら回遊しているのが、紫乃にとっての道路らしい道路だ。麻祈について歩きながら、つい物珍しくしてしまう。

 彼が進んだのは、アパートの横にある露天駐車場だった。アパートの入居者に割り振られた駐車場と見え、実際まだ結構なスペースが帰宅前で空車のままである。そこを通っていく麻祈を追う。月光を反射する白いペイントで区切られたサイズは、どれも普通車か軽自動車のそれだ―――いや、両者を紫乃が見分けられたのは、地面にペンキで「軽」と書かれていたからだけれども。

 彼が到着した乗用車もまた、普通車だった。落ち着いた藍色で、四角くもまるっこくもない、かどが取れた四角といったシルエットをしている。詳しくないのでメーカーや車種などは分からないが、外出すれば必ず一度はお目にかかるやつだ。

(こだわらない派なのかなぁ。別に、医者ならスポーツカーなんて思ってないけど、……)

 ドアを開錠した麻祈が、運転席に滑り込んだ。芳香剤だろうメンソール系統の芳香がする。
彼は、ドアを閉めないまま、エンジンをかけたりボディ・バッグを背中から腹側に回したりしながら、話しかけてきた。

「後部座席へどうぞ。そっちの方が安全だし。助手席ちっとも片づけてなくて―――」

 そして、助手席の荷物に手を掛けてみせたようだった―――ようだった、と言うのは車外に立った紫乃からその仔細が見えなかったからでもあるが、なにより、麻祈の頭に目をとめたままだったからだ。運転席に座ることで、紫乃の下に来て、せわしなく動いている後頭部。ふわんとやわらかそうな癖でまとまった黒い髪の真ん中に、つむじがひとつ巻いている。かわいい。

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.玄関に大人ふたりは納まらないので、麻祈が先にドアを押しのけて外に出ていた。廊下の電灯を消した紫乃が出てくるのを待ってから施錠し、来た時と同じ動線を下っていく。廊下から、階段へ向かって。

 大きなサンダルは、一歩を踏み出すごとに踵がスイングした。どうしても歩速が落ちて、歩調が乱れる。建物への吹きつけ方によって濃淡が変わる風の音、それに負けず劣らずの乱れ調子な足音が目立つ。

(うああ、歩くのさえちゃんと出来てないみたいで恥ずかしい……)

 美人ていうのは、足音まで美人なのだと思う。立てば芍薬・座れば牡丹・歩く姿は百合の花と言うくらい、それは大昔からの事実で、美人は発するすべてが綺麗なんだな、と思う。爪の垢でも煎じて飲めというのも、そういうことだ……美しいものにカスはないのだから、お前のようなものは無駄にしないで肖(あやか)っておけと。

 足音は、前を行く麻祈にだって、きっと聞こえている。どうしても、比べてしまう。不恰好に引きずって、みっともない足音―――

(―――あれ?)


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.麻祈は、こちらに背を向けたまま、てきぱきと外出する身支度を整えていく。ベッドから取り上げたボディ・バッグを肩に引っ掛けて、腕時計も手首に巻いた。腰のキーチェーンに軽く触れて、銀の鎖を確かめる。そして、紫乃へと向き直ってきた。

 控えめな謝罪を物語るように眉を下げながら、どこかものさみしげに口許だけ綻ばせて。己の至らなさを詫びる陰影を、ほの暗い部屋の中だからこそ、露骨にさせてしまいながら。

「男として、俺が、女性をこんなむさくるしいところに長居させるなんて出来ないだけです。医師としても、雨に降られたままの状態は見過ごせません。それにお互い、社会人として、明日も仕事がある身でしょう? どれをとっても、早く帰宅して休むにこしたことはありませんって。ね? どうか俺の我が儘を聞いてもらえないですか? 坂田さん」

 我が儘。彼が言う、我が儘。

 紫乃が彼に仕出かした数々の我が儘を知らずにいる彼だから、そんなことが言える。

 そのままでいてほしかった。

 狡(こす)い自分にうな垂れて、紫乃は恥じ入るしかなかった。

「なにからなにまで……お世話になります……」

「とんでもない」

 麻祈が、廊下に出て行く。遅れて、ついていくしかない。

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.そして、なにより増してヤバイのは。

 連絡したふりさえしてしまえば、本当に家族から心配した連絡が来るまで、ここにいられるかもと思いついてしまったことであり。

 その誘惑を一蹴して姉に繋いでしまえばいい携帯電話の液晶画面を前にした指先が、どうしてもタップ・アンド・スクロールする回数を水増しすべく、電話帳から着信履歴から発信履歴からと余計な回り道を繰り返していることであり。

(……きっと、お姉ちゃんもお母さんからの伝え聞きで、わたしがバスで葦呼の看病しに行ったって知ってるよね? てことは、バスで帰ってくると思ってて、きっと夕ごはん食べ終わって、そろそろお風呂に行っちゃおうかなってくらいだよね? いつもなら。今くらいの時間なら)

 極めつけに、それを閃いてしまったことだった。

(リラックスしてるとこ邪魔するのも悪いしね。なんなら本当に、バスで帰ればいいんだから。まだ本数残ってるし。身体も、まあまあ乾いたし)

 そう。まあまあだ。

 つまりは、このままもっと乾かすことが出来たなら。もっと、バスに乗り込みやすくなる。

 それは咎められる論法か?

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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