.そして、なにより増してヤバイのは。
連絡したふりさえしてしまえば、本当に家族から心配した連絡が来るまで、ここにいられるかもと思いついてしまったことであり。
その誘惑を一蹴して姉に繋いでしまえばいい携帯電話の液晶画面を前にした指先が、どうしてもタップ・アンド・スクロールする回数を水増しすべく、電話帳から着信履歴から発信履歴からと余計な回り道を繰り返していることであり。
(……きっと、お姉ちゃんもお母さんからの伝え聞きで、わたしがバスで葦呼の看病しに行ったって知ってるよね? てことは、バスで帰ってくると思ってて、きっと夕ごはん食べ終わって、そろそろお風呂に行っちゃおうかなってくらいだよね? いつもなら。今くらいの時間なら)
極めつけに、それを閃いてしまったことだった。
(リラックスしてるとこ邪魔するのも悪いしね。なんなら本当に、バスで帰ればいいんだから。まだ本数残ってるし。身体も、まあまあ乾いたし)
そう。まあまあだ。
つまりは、このままもっと乾かすことが出来たなら。もっと、バスに乗り込みやすくなる。
それは咎められる論法か?
「―――……」
ちらと横目に、麻祈を覗き見る。ベッドのマットレスの上、彼は広げた両掌を尻の後ろについて、天井の豆電球を眺めていた。それこそメインの電灯が切れている状態で顔色などろくに読めたはずもないが、それでも顔つきは交換せねばならない電灯を思いがけず発見してしまった時のような、妙に諦めたような脱力感をたゆたわせている。天井に、だ。それを、再三確認する。
紫乃は、結局どこの連絡先にも繋げないまま、携帯電話を鞄にしまい直した。
「あの。お迎え、しばらく時間がいるみたいで……」
「そうですか」
と、彼が立ち上がった。彼のせりふが、それに続く気がした。なら坂田さん、もう一杯、お茶でもいかがですか? ああ、いえ、ごめん、白湯でよかったらだけど、もっと人肌に作るからさ、次からは―――
「じゃあ俺、車で送ります。タオルとマグはそこに置いたままで結構ですから。行きましょう」
「え!? あ、そんな!」
お門違い甚だしくも、叫んでしまう紫乃だが。
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