.パンプス入りのビニール袋をショルダーバックもろとも尻プレスしたのも二の次に、ドアを閉める。それから、私物を横に退避させた。太腿の付け根が痛くなってから、ビニール袋の中でバク宙していたパンプスのヒールが刺さったことを知った。自重による打撲だ。なんていうか、自分の間抜けさもろとも体重を思い知らされた気がして、地味に痛みが増した気がする。
前の運転席では、フロントガラスの水滴を払い終えたワイパーをとめて、麻祈もドアを閉めた。彼がシートベルトを締めるのを見て、紫乃も肩の上にあるはずのベルト金具を手探りする。それはあったのだが、腹の前まで引き出したところで、固定用バックルが見つからない。暗い車内で手探りを続ける。麻祈が発車させる素振りはない。待たせている。
「―――え、あ……あった! 見つけ……てない、これ、ちが……」
掴んでしまったポケットティッシュ(そこらへんに転がっていたらしい)を手放して、またしても格闘に戻るしかない。
「あ! あった。今度こそあった。え? 入ったけど違う。抜ける。これお隣さんのやつ、―――」
それゆえに、どこまでもさまにならない格闘を続ける。
そして、紫乃は勝った!
かちんと音を立てて留まったバックルを軽く叩いて、その腕でガッツポーズなんかしながら、意気揚々と言い放つ!
「これで、よし―――あの、麻祈さん! も、もうオーケイです! シートベルトしました!」
「ええ。見えてますよ、俺からも。バックミラーで」
「そ、うですよね。はい。ごめんなさい」
「いえ、別に」
「…………」
「………………」
「あの、走り出してもらって結構です」
「ええと。どこへ向かって走り出せば坂田さんの家なのか教えてください」
紫乃が謝り倒したのは言うまでもない。
[0回]
PR