。麻祈へ道順を説明せねばならない役割は、それを欺瞞するのに役立ってくれた。麻祈も、特に口を利かなかった……と言ってもそれは、紫乃の沈黙に引きずられてだんまりを決め込んだということでなく、従順に相槌を打つ以外は運転に気を取られていただけだろう。事前に地理に詳しくないと打ち明けてきた手前、頷ける話ではある。基幹道路から外れて市街に分け入ってからは、制限速度の半分あるかないかといったスピードで、彼は車を進めていく。紫乃とて昔、携帯電話を片手にライトも点けず前カゴ過積載で飛び出してきた中学生とニアミスしたこともあるので、慎重でいてくれるくらいでありがたい。
通りすがりの外灯が、助手席に無造作に置かれている荷物を、アトランダムに照らし出す。五箱包装のティッシュ箱、詰め替え用の液体洗剤のボトル、同じく詰め替え用の香辛料の小パックはビニール袋から飛び出して、黒胡椒・塩胡椒・唐辛子の順に将棋倒しとなっている。パッケージの絵柄とメーカー名はばらばらだった。こだわらない性質なのだろうか……名前の呼び捨てと同じくらいに。そう言えば、彼は最初、紫乃を助手席に乗せようとした。
「…………―――」
ややこしく物思いが濁る前に、乗用車は坂田家に到着した。
そしてとりあえず、紫乃は思った。
(恥ずかしいゴミ屋敷とかボロ屋敷じゃなくて良かった。うち)
陽光燦々とした真っ昼間に眺めたら評価も下がるのだろうが、闇夜の化粧で“あら”が隠れた二階建ての一軒家は、まずまずの風采で佇んでいる。降車してドアを閉めた紫乃は、安心しながら運転席へと向き直った。車内の麻祈は、下げたパワーウィンドウの縁に沿わせるように腕を乗せながら、こちらを見上げてきている。その髪は黒い……肌は白い。瞳は黒く、白目は青ざめた白だ。コントラストに目を引かれる。途端に、彼と目が合った。
堪らず、頭を下げる。抱えたショルダーバッグとビニール袋で、震えかかる胸の奥を外側から宥めながら―――そうしなければ、喋れそうになかった。
「麻祈さん。あの。ありがとうございました。本当に、お世話になりました」
「いえ、いいんですよ。俺こそ、俺の成り行きに付き合わせてしまって。あ、そのサンダルは捨ててくださって構いませんから」
「え?」
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