.玄関に大人ふたりは納まらないので、麻祈が先にドアを押しのけて外に出ていた。廊下の電灯を消した紫乃が出てくるのを待ってから施錠し、来た時と同じ動線を下っていく。廊下から、階段へ向かって。
大きなサンダルは、一歩を踏み出すごとに踵がスイングした。どうしても歩速が落ちて、歩調が乱れる。建物への吹きつけ方によって濃淡が変わる風の音、それに負けず劣らずの乱れ調子な足音が目立つ。
(うああ、歩くのさえちゃんと出来てないみたいで恥ずかしい……)
美人ていうのは、足音まで美人なのだと思う。立てば芍薬・座れば牡丹・歩く姿は百合の花と言うくらい、それは大昔からの事実で、美人は発するすべてが綺麗なんだな、と思う。爪の垢でも煎じて飲めというのも、そういうことだ……美しいものにカスはないのだから、お前のようなものは無駄にしないで肖(あやか)っておけと。
足音は、前を行く麻祈にだって、きっと聞こえている。どうしても、比べてしまう。不恰好に引きずって、みっともない足音―――
(―――あれ?)
紫乃は、コンクリートの廊下を行く自分のつま先から顔を上げた。こちらのペースにあわせて、ゆっくりと数歩前を進む、麻祈のスニーカーの踵を注視する。暗くてあまり見えないが、よく目を凝らすと、靴底の磨耗に左右差がある……そして、よくよく気をつければ、そこから聞こえてくる靴の音にも。そっと、そこに耳を澄ましていると―――
声が聞こえた。ような。
「え―――麻祈さん、なにか言いましたか?」
一拍の、間。
振り返らないままの彼から、返答がやってくる。
「歩きづらいですよね。かわいそうに。すぐ近くですから。駐車場」
「はい……」
なんとなく気まずくなって、紫乃は詮索をやめた。
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