(うわ。ごちゃごちゃだ)
目をとめたそれは本当にメモのようで、自分には読み解けない文字が走り書きされていた。数字―――数は分かるが、そこから連なる数式は分からない。別の紙を見る。アルファベット―――それだって分かるが、それで成り立つ英語は読み解けない。日本語―――ウエノ。
「え?」
ウエノ。そう書かれていた。
だけでなく、ウエノの片仮名は円で囲まれて、隣にある同じような円に繋げられている。メモをイラストとして俯瞰すると、同心円状にある蟻の巣のように見えた。それを、連ねて読んでいく。
失神?
貧血。
生活音……筆記体。読めない。
読めなかったものは、他にもある。と言うより、半分も読めなかった。ぶっきらぼうに白紙を埋め尽くす文字は黒一色で、ただでさえ暗がりに混ざってしまっていたし、紫乃は半分も読まないうちに何よりも読み解けるそれと遭遇してしまった。
メモの真ん中あたりで。
何度も円く囲まれて、まるで繭にくるまれたみたいに。
それを、思わず読み上げる。
「坂田」
それは名前。紫乃の名前。
ウエノも、貧血も、ほかに記されたすべての言葉が、あの夜の自分を綴っていた。
こんなにも、綴り―――書き留め……考えていてくれた。
(―――……ここに、いたんだ)
彼が、いた。
紫乃が見つけてしまった彼が、確かにここにいた。
膝の上から、右手が浮いてしまう。そっと、音を立てないように、メモ用紙に触れようと―――
だからこそ、ドアが開く物音がしただけで、今までの億倍の速さで引き返すしかなかった。右手を太腿にこすりつけながら、まるで他のところなんて見たことなんてありませんといった風に、部屋に入ってくる麻祈へと注視を曲げる。後ろ手にドアを閉めながら、彼はコーヒーカップを軽く掲げてきた。
そして、それを置く。紫乃の前、メモ用紙の上に。
思わずそこに視線を落としてしまってから、はっと顔を跳ね上げ直す。
彼は―――
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