「……今、部屋からタオル持ってきますから、ちょっとだけそのままでいてくださいね」
言い残して、麻祈が奥に行ってしまう。気まずくなったのだろう。紫乃のせいで。
(やめてよ、やめてよもう! ほんと! そんなの嫌なんだってば―――!)
愉快で心地好い時間を演出する手管が、自分にはこんなにも無い。
自分の好奇心を埋めるためになら、目ざとく炊飯器から洗剤のタイプまで見つけた挙句に、芳香まで嗅ぎ分けておきながら。
(最悪だ……わたし……さいあく……)
のうのうと思いやりを受けていい分際ではない。こうしている間も、足元には水たまりが広がりつつある。こんなことにまで手を焼かせるくらいなら、もう逃げ帰った方がマシなのではなかろうか―――
(いやいやいやそれは無いさすがにそれは無いでしょってここまで来ときながら! どうしよわたし、どうしたら―――あ)
固まらせた視線の先にある、フローリングの廊下。そこに、靴下を履いている麻祈の爪先が戻ってきた。
どんな顔をして彼を見上げればいいのか分からない。そうしているうちにも間合いは狭まり、ついに目の前にやってきた。畳まれた何枚ものタオルを、両手で下から抱えている。
(どうしようどうしようどうしよう)
さすがにこのまま項垂れ続けるのは無礼だろうが、顔を上げる決心もつかない。
と、
「どうぞ」
言うが早いか、ぬっと麻祈の顔が視界に入ってくる。中腰になったのだ。俯いていたのは紫乃の勝手なのに、目を合わせるために、わざわざ。
それなのにちっとも不愉快そうでなく、むしろこちらの過緊張に決まり悪く微笑しながら、タオルを手渡してくる。一枚だけだ。残りの束は、背筋を元通りにしてから、下駄箱の上に置かれた電子レンジの天板上に積まれた。
「このタオルで、丁寧に拭いて下さい。何枚使っても構いません。使い終わったものは、この洗濯機へ」
言いながら麻祈が、下駄箱の横にある洗濯機の上蓋を開けてみせた。そして、紫乃が胸元で握り込んだタオルに目を止める―――とりあえず一枚で足りるか、値踏みしたらしい。
紫乃は、ようやく決心がついて、身体を拭った。肩まである毛先をタオルで揉んで水気を切り、前髪を退かして顔を拭く。今度こそ、清潔な洗剤のにおいがした。
こちらがそうこうしているうちに、麻祈は電子レンジの横にある小箱の蓋を取った。中から取り出したのは、白くて平べったい三角形……畳まれたスーパー袋だ。紫乃がおおよそ拭き終るのを待ってから、それを広げて渡してくる。
[0回]
PR