(―――なにも、……知らないくせに!)
紫乃が今、こんなにもあれこれ詮索して、乱高下に浮き沈みしていることも。今だけじゃなく、ずっと今までそれを繰り返してきたことも。どれもこれも知らないから、そんなことを答えたりするのだ―――だって、ついてくるから。
「ついてくのがおかしいんですかっ!?」
それを許しておきながら、
受け入れておきながら、
し続けておきながら、
―――しかも返事は、こうとくる。
「いいえ。ちっとも」
「―――じゃあどーして笑うんですかっ!」
ますます、いきり立つしかなくなる。こちらと真逆に落ち着いて、しおらしく静まっていく麻祈を見るほど、黙っておれずにいられなくなる。だって、彼はまだ笑っている。余裕たっぷりに、そんなのじゃない紫乃を見ながら!
「一所懸命なのを笑うのって、絶対にやっちゃいけないことなんですからっ!!」
「ごめんなさい」
「そうです! お詫びしてください!」
「すみません」
「そうですよ!」
「失礼しました」
「そうです! しましたんですから!」
「許してください」
「許されたら終わりとかないですから! 絶対ないんですからね! わたし笑われたことも麻祈さんが笑ったことも無かったことになるなんて絶対ない―――!」
「ありがとう」
残り全部が、消し飛んだ。
むきに怒り続けていた語尾も、無理にでも捻じ曲げていた面の皮も、握りしめた傘を軸に頭のてっぺんからつま先まで突っ張っていた筋肉のこわばりも、ふつっと途切れてしまう。失われてしまう。空いた口がふさがらない。塞いでくれていた語気を無くしてしまっては。
だから、こんな今になっては、ありがとうと言われた、ただそのことに返事をするしかないのだけれど。
「……どう、いたしまして……」
とて、と傘の先っぽをコンクリートの土間に落として。紫乃は、呟くしかなかった。
「よかった」
麻祈とて、恐らくは、そうだった。紫乃が、どういたしましてと答えたことについて。
そして、受け答えが終われば、静かになった。
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