少し離れたところにある、書店の出入り口。硝子製の自動ドアから筒抜けになっている店内の電飾が、押し迫る夕暗がりを押し返している。その、光と影がないまぜになった拮抗の境界線に、麻祈が立っていた―――こちらを向いて。
途端だった。叩かれたのは。
(は!?)
確かにそれは、腰の下を、ばしっと、平たく重いなにかで叩かれた感触だった。わけが分からず、とにかく背後に身体を反す。誰もいない。遠心力で振り回されたショルダーバッグが、脇腹にタックルしてくるだけだ。ばしっと。平たく重い感触で。
(この鞄かー!)
更なる恐慌をきたしながら、紫乃はショルダーバッグをわき腹に押さえつけた。ガニ股の引き腰で、暴行犯(私物)を取り押さえて、こうして挙動不審がまたひとつ。
(駄目だめ駄目ダメこれ以上はホント許して……!)
恐慌は巡る。ぐるぐると、紫乃を巻き込む。
雨にずぶ濡れで、きっと化粧も丸剝げで、暑い中走ったから汗もかきっぱなしで、服装だって着古してン年間のスカートにパンプスに靴下に仕事着ブラウスだし、そういえばハンカチさえ持ってない時点で女子力とか死滅してるし、しかも今さっきまで居た場所が例のアレで。そんなどれかを、どれかひとつでも、彼に知られたら。
麻祈が、こちらに歩み寄ってくる。それが無くなってしまうに違いない。
右手には、落ち着いた緑色をした傘。左手は、青い迷彩柄のボディ・バックが腰間(ようかん)から跳ねようとするのを宥めている。ポケットの中の鍵に繋がっているのだろう銀の鎖がざらりと揺れて、腿の付け根に垂れた半楕円の形をうねらせた。ジーンズはともかく、サマーセーターの袖までロング丈なのは季節外れではないかと思えたが―――そう言う紫乃のブラウスとて長袖だけれども―――、彼の黒瞳は酷暑への嫌気でなく、無防備な心配にほだされた焦りを浮かべている。そのどれもこれもが、無くなってしまうに違いない。
なので紫乃は、微動だに出来なかった。
麻祈が、手前で立ち止まる。
そして、実に控え目な悲鳴を上げた。
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