.じっとしておれず、杭に繋がれた犬のように、その場でぐるぐると歩きまわる。総合病院の勤務医というのがどういったローテーションで働いているのか知らないが、事実として時刻は夕刻を過ぎ、車の流れや人の流れが朝と逆流する頃合いと言えた。その流れの中に彼がまだいないなんて、どうして断言できようか?
(だっ駄目だ駄目ダメ絶対だめ! こんなとこにいるなんて駄目だ、わたし―――!)
豪雨は続いている。これからも続かない保証はない。
まだ誰も帰ってきていない。これから誰も帰ってこないなんて保証は絶対にないし、それが彼でないという保証こそ存在しない。
雨に濡れても死なないが、ここにいることを彼に目撃されでもしたら、悶死する瀬戸際まで行く。きっと行く。かなり行く。
こみあげてくる動悸に、走り出せと責付(せっつ)かれているように感じた。
「―――……!」
紫乃は、雨天に飛び出した。
そのまま、走っていく。シャワーのような水量と水勢を、シャワーでは浴びないような水温とテンポで浴びながら、片手で目をかばいつつ一心不乱に突き進む。空き地を素通りし、水没した自家栽培のきゅうりの畝を横切り、その先にあるレンタルビデオ屋を兼ねた大型書店を目指した―――個人宅の軒先に雨宿りさせてもらうのは忍びなかったし、自分以外の大勢がいる場所で自分の存在を紛らわせてもらいたかった。
そして、どうにかそこまで走り付いて。
紫乃は途方に暮れた。すっかり乱れてしまった呼吸を整えるのとは別の意味で、ため息を吐きながら。
(うえ。ずぶ濡れ。こんなんじゃ店の中にも入れないよ……どうしよ)
客の出入りの邪魔にならないように店舗玄関からなるたけ離れた軒下まで移動して、ずり落ちかけたショルダーバッグの紐を肩に直す。
そっとあたりを窺うが、レンタルビデオ屋を兼ねた大型書店の外には、今のところ自分しかいなかった。店舗の前は駐車場になっていて、それなりにスペースも埋まっているが、見たところどれも空車である。人目を気にする必要は然程なさそうだ―――が、それでも臍を丸出しにしながらブラウスを雑巾絞りするなんてはしたない真似を出来るはずもなく、とりあえず両手で髪の毛を掴んで水気を切る。ぱたぱたと、雫が鎖骨を叩いた。
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