.そして、硬直した身体の内側にぶつかって落ちた。そんな気がする。そうに決まっている。そうでなければ、説明がつかない。重苦しく痛み出す腸と、暑苦しく撃ち出される血液。汗を含んだ指紋と、乾せてきた舌が粘る。
粘りながらも、舌が動いてくれた。
「ぷ、プリンストン」
口から出任せだったのだが、葦呼は思い当たることでもあったらしい。訳知り顔で、自分の座布団に座る。
「―――あー、はい。Princeton(プリンストン)。が、どーかした?」
「って、どんな王国かなって。その」
「王国?」
葦呼の疑問符が転調した。
(しまった)
王子(プリンス)なんて付いてるから王国なんて言ってしまった。口から出るに任せ過ぎてしまった。悟った頃には遅い。邪気無く、葦呼が追い詰めてくる。
「あたしが知ってるPrinceton(プリンストン)と違うなー。そんな王国あんの?」
「調べてるの今。調べてるから。ね?」
「うん。分かったら教えて」
と、言い終えて、コップの塩水をすすり始める葦呼。追撃の気配は感じられない。
紫乃は胸元に押しつけていた携帯電話を引き剥がして、今一度、液晶画面を注視した。そこには地図があり、ピンが刺さったようなマークで、検索した住所の該当個所を表している。やはり、知っている地図だ。葦呼の勤務している病院も、その最寄りの駅の名称も知っている……つまりは、その両者の中間あたりに、その住所はあった。ここからなら歩いて行けない距離じゃな
「あった?」
葦呼から問われて、思考が消し飛ぶ。
あった? なにが? なにが無いといけない? なにがなんだか、思いつかない。となると―――
「な、無い無い無い無い! 無いよ!」
「やっぱし無いんじゃん。それみたことか王国め。大学か高等研究所でしょ。あったの」
うむうむと鷹揚な仕草で頷いてみせる葦呼に半笑いで相槌を打ちながら、こっそりと携帯電話をショルダーバッグにしまい込む。地図を表示した液晶画面に触れてしまわないよう、細心の注意を払いながら。
そして小一時間を、葦呼と過ごした。
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