.ドアを押しのけて台所に入ると、居間とは正反対に整理整頓された炊事場が待ちうけていた。とてとてと空間内に入ってみても、印象は覆らない。調味料はガスコンロの横に整列しているし、布巾も四つ折りに畳んである―――ここだけ拘って綺麗にしているというよりか、乱れるほど使わないのだろう。手にした塩の小瓶の蓋をよく見ると、うっすらと埃が付いていた。
(拭いた方がいいよね)
とはいえ、そこにある四つ折りの布巾とて、使われなかった期間は調味料と似たり寄ったりに違いない。最近になって手をつけたようなものはないか、視線で物色していく。流し台の横に置かれた食器の水切りに置いてあるのは、俎板とピーラー……キッチンシンク下の物入れについた取っ手に引っかけられているのは、ヒヨコ型の鍋掴み……そして台所シンクの中には、紙の山。
(……紙の山?)
訝しんで、紫乃は見咎めたものをもう一度凝視した。確かに、シンクの中に、こんもりと紙の山が出来ている。といっても、屑籠のように丸めたごみのようなものではなく、どれもこれも平たい長方形ばかりだ。封筒も混じっている。どうやら、広告チラシや手紙らしい。
(なんでこんなところに……)
訝る。前に訪れた時は、葦呼にこんな生活習慣は無かったように思うのだが。
胡乱に紙の山を観察するのだが、どの封筒にも開封された形跡はなかった。チラシ類はともかく、封書には期限内の振り込みや返信を請求するものだってあるだろうに。
迷ったが、紫乃は服の裾で塩の小瓶の蓋を拭いてからポケットに入れた。空いた両手で、その紙の山をすべて掴み取る。
まだ倒れたままの葦呼のところへ戻って、声をかけた。
「塩、持って来たよ」
「うー。あたしのコップの水に入れてー」
「はいはい。どのくらい?」
「むう……したことないから見当がつかない」
「じゃあ、とりあえず、ひとつまみ」
ひとまず封書は卓袱台に置き、紫乃はポケットから取り出した小瓶の蓋を開けてから、葦呼のコップに目分量で塩を振った。それを卓の上に片付ける頃には、もたもたと葦呼も起き上がってくる。目は瞑ったままだが。
そのせいで気付かないようなので、紫乃はシンクから卓袱台へと居場所を移した紙の山について言及した。
「ねぇ。キッチンの流し台の中に、こんなに郵便配達物あったよ。なんだか手つかずっぽかったから持って来たけど。請求書とか無いか、見た方がいいんじゃない?」
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