「そう思うのね。紫乃は」
ぽつりと、葦呼が応答してくる。
続けて、吐いた息で、口の端を歪ませる。鼻で笑ったのだ。
「なら、アサキングはクソ野郎だね」
「え?」
「あいつ、あんたの電話に、ずっと応えたんでしょ。勉強が出来て、すごい大学も出て、立派にお医者さんやってるあいつは、あんたなんてみじめさからしてちっとも分かりゃしないのに、いけしゃあしゃあと、ずうずうしく。それって上っ面だけじゃん。すっげえクソ野郎」
「そんな言い方―――!」
「無いと思うよね。あたしもそう思ってた。たった今、あんたの口から聞くまでは」
顔色が変わった……急激に。二回も。それを自覚する。
上がった血の気が、途端に下がった―――その潮騒を聞きながら、紫乃はただ眩暈を覚えていた。
それは、葦呼も同じようなものらしかった。ぐったりした雰囲気に、しょんぼりした気配を注したせいで、顔の角度を変えただけでひと回りは老けこんでしまって見える。そして、そういった老婆が老婆心を出す時のように、諦め慣れた疲れ声で、付け足してきた。
「ねえ紫乃。あたしらは別に、あんたの引き立て役になるために、あたしらでいるんじゃないだから」
そうだ。それだって、知っていたはずなのに。
頑張れることを知っていたはずなのに、愚かしくも身勝手に楽をしようとしてしまう。見限り、見捨て、そこに膿む卑屈の味に慣れ切った舌は、またもやの麻痺を期待して呟くのだ……自分など坂田紫乃だからと。
ひたひたと忸怩に侵されて、紫乃は唇を噛んだ。それを吐き出して、項垂れるしかなかった。
「……ごめんなさい。葦呼。わたし、友達に傷つけるようなこと言っちゃったんだね……ごめんなさい」
「うーん」
と。
あまりに素っ頓狂な悩み声に、こちらまで陰気をすっこ抜かして、紫乃は目をぱちくりさせながら顔を上げた。すると葦呼は、絵に描いたような思案顔で腕組みしつつ、目を閉じている。眉間には、綺麗にWの皺が入っていた。
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