「―――紫乃と違って、あの野郎は、確信犯でね」
と、呼気を重ねる。今回は確実にため息だった。
「しかもタチが悪いことに、そのものどころか後始末までそつなくこなせちゃうもんだから、誰も野郎を止めようなんて思わないし、好きこのんで首を突っ込んだりもしないんだよね」
と、葦呼が身動ぎした。彼女の私物なのだから、居心地悪いわけもないだろうが、それでも具合悪そうに座布団の上に座り直しながら。
「だけど紫乃はさ。ききたいって言ったよね?」
念を押してくる。頷くでもないが。
だからこそか、そのままさらりと語尾を継いだ。
「なら、首突っ込んでやってよ。好きこのんでさ」
「す!?」
語尾に度肝を抜かれ、紫乃は大声を上げた。好き? このむ? そのような話は埒外だ―――
と続けようとした絶叫は、葦呼が引っ繰り返ったことで折れた。
目が点になってしまう。葦呼はばったりと、まるで額をバットでフルスイングされたかのように、ぶっ倒れた。見たことがある光景だ。そうなったのは華蘭だが、あの時は野外で車のクラクションが鳴った途端に卒倒したのだ。割れるように痛んでいる頭を、大音声に貫通されて……
(わたしがやっちゃったー!)
思わぬ真犯人に絶叫を―――今回は胸中で―――重ねて、紫乃は目を剥いた。あわあわと周囲を見渡すが、いつもは助けてくれる葦呼こそ大の字に床に伸びている張本人だ。とにかく卓袱台を回り込んで、葦呼の横で四つんばいを固め、彼女を覗きこむ。閉じた瞼の下で、葦呼の目がぐりぐり動いているのが分かった。目を回しているらしい。
「ごめん。ごめん、響いたよね。どうしよ。葦呼。どうしたらいい?」
耳元に囁くと、呼吸に擦り切れた震え声が漏れた。
「塩水……」
「え? 塩? 塩って、あのしょっぱいお塩?」
「うん……水より、塩水の方が効くっぽい……台所、に、塩あるから……」
「分かった。取ってくる」
そっと立ちあがって、忍び足で台所に向かう。靴下を履いてはいるが、フローリングに転がった葦呼に、足音を響かせるわけにはいかない。
[0回]
PR