「あいつはそれを分かってて、開き直ってやってる。けど紫乃、あんたはそうじゃない。だから、あんたには我慢できなかった。それで、そのことが効いてくれたらとも、あとになって打算した。言い訳がましくもね」
「効いてくれたら?」
「うん。効いてくれたから、ここに来れたんでしょ。あたしに会う理由があると、会わずに済ませることができなかった」
「……まさか、わたしを呼ぶ理由作りのためだけに深酒したの?」
「まさか。それだけじゃないがために、深酒せざるを得なかったんだよ。まあ、そんなの今はどーでもいい」
と、鬱陶しげにかぶりを振って、二日酔いとは異なる不愉快なものを追い払おうとする―――そして、それに失敗したことを暗に告げる無表情になると、葦呼は一度だけ嘆息した。紫乃の鈍さに呆れたと言うよりか、仕切り直すポーズを取りたかったのだろう。体裁は整っていなくとも。
「紫乃。あんたは、あの派手カラフルな美女の裏っ反しだ」
「うら?」
「わたしなんか。わたしが悪い。わたしじゃ駄目。わたし。わたし。わたし。―――紫乃。あんたいつまで、わたしだけでいるつもり?」
畳み掛けるような言葉。
それを吐き出す葦呼は落ち着いている。よれよれのパジャマから着替えられないほど困憊し、アルコールの残滓なのか奇妙に皺の増えた顔に目を落ち窪ませながらも、物腰は静かで理知を崩さない。それが彼女だ。
それを言ってしまう。どうにも我慢ならなかった。
「葦呼には、分からないよ」
そして、言ってしまったことで、その程度の我慢すら利かない自分自身を直視せざるをえなくなった。
「勉強が出来て、すごい大学も出て、立派にお医者さんやってる葦呼には、わたしなんかのみじめさなんて分からないよ」
葦呼には分からない。彼女は、偏差値と通学距離の兼ね合いを最優先に高校を選択したせいで、親の溜息を背に通学する日々を送ったことからしてないのだ。だからこそ、無駄遣いしても尽きない日常を本当に無駄遣いして自分の首を絞めたことだってないに違いない。二段飛ばし・三段飛ばしに人生の階段をのぼった結果、誰もが名前を知っている一流の大学で学業を修め終え、今では女医として生計を立てている。失敗なんて、したところで、こんな二日酔いだ―――しかも、そうでありながら、今こうして紫乃に助言さえ与えてくれるのだから!
(葦呼には分からない)
これまでも、分からせてなるものか。
紫乃は口の内側を噛んで、自分のコップを見詰めていた―――
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