.ぱたんと冷蔵庫を閉めて、葦呼のいる居間中央の卓袱台に戻る。
葦呼はぴくりともせず、卓袱台にうつ伏せで上半身から倒れたままだ。その正面に回り込んで座布団に正座した紫乃が、卓上にコップを置いて水を注いでいる間だけ、子犬が過敏反応するように茶色い毛玉(頭)をふるふるさせていた。もしかしたら、とん・とくとくとく……という卓袱台伝いの振動が響いて嫌だったのかもしれないが、それに気付いた時にはもう作業は終わっている。
そっとコップを葦呼へ押し出すと、彼女は顔を転がしてそれを視認し、右手で掴んで床に降ろした。そして額は卓袱台にうつ伏せに戻すと、鼻から下を卓袱台の縁から出す形で唇をとんがらせて、水をすする。悲惨だ……それ以外の批評は、正気の時にでも笑い話にしてしまえばいいのだ。そう思う。思うことで、大の大人が変な体勢で水を呑んでいる光景に笑いたくなる衝動と距離を取る。
V字に投げ出した足の間にガラスコップを戻してから、ぽそっと毛玉(頭)が唸ってきた。
「うぇー……沁みるわー」
「飲んだら、ちょっと横になった方がいいんじゃない?」
「ずぅーっと横になってたから、もう無理です……駄弁って内臓連動させて内側でも血液循環を促すべきです……」
「あ、そう」
となると、話題を探すしかないのだが。自分用に注いだ水をコップから舐めて、潤した舌先で言葉を探すものの、大したものは見つからない。テレビでもつける? あるいは、部屋の電気つける? 無難な内容だが、葦呼がイエス・ノーで答えてしまえばそれまでだ。て言うか、面白くないテレビ番組しかやっていないことを知っている手前、それを進めるのもどうかと思うし、室内の照明だって窓から差す陽光で充分なことも分かり切っている。あと、分からないことと言えば……
(言うまでも無いんだけどね)
ちんぷんかんぷんの大元へと、紫乃は問いかけた。
「って言うか。葦呼ったら。女子会の時だって全然飲まなくて、ハンドルキーパー役を買って出るのに。一体どうしたの?」
「ぐぬぅ。アサキングが居酒屋に顔見せたところから記憶ない」
ぽんと返された呻き声。の中の、呼称。
葦呼がもたもたと顔を上げて、据わった目で虚空を睨みつけた。両手で頭を抱えて、悔しげに上半身を捩る。
出遅れているうちに、続きが始まってしまった。
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