.そして、両足の力みが疲労に変わり、動けなくなって、ようやく立ち止まる。
いつしか紫乃は、住宅街から、基幹道路に接する路地まで来ていた。目の前を行き交う自動車は相当量あり、これから帰宅ラッシュに差し掛かる前哨戦の気配を漂わせ始めている。車道沿いに青看板を探すと、国道と書かれていた。そこに掲示された番号は、携帯電話の液晶画面に表示されていた数字と同じだ。
(この、あたり……)
紫乃は、周囲を見回しながら、もう一度進み出した。
通り道にしたことはあっても、目的地にしたことは無い界隈である……四車線の車道に連なるようにして、大き過ぎないビルと小さ過ぎない家屋が立ち並んでいる。ビルはどれもアパートメント用らしく、社名看板を掲げたものは見当たらなかった―――かと思うと、どう見ても民家らしき表札に、クリーニングと銘打っているものもある。繁華街と住宅街を足して二で割り、三十年くらい時代遅れにしたような雰囲気……とでも形容したらいいだろうか? 繁華街にいるよりは長い・かつ実家で暮らしたよりは短い時間だけ人々が居着いては入れ替わる、そういったローテーションを三十年は繰り返してきたような、単身者が目当ての雑居群だ。だからというか、ぽつぽつと虫食い穴のように存在する空き地や自家栽培の畑よりも、ひとり暮らしの者を消費者に当て込んだ店が目に留まる。歩いても歩いても途切れずにやってくる。銭湯、コインランドリー、レンタルビデオ屋を兼ねた大型書店、そして―――
着いてしまった。ついに。
(ここ、なんだ……)
青みがかった灰色をした、国道に面する四階建てのアパートメント。絵に描いたような鉄筋コンクリート建築で、頑健そうで無骨なシルエットを剥き出しにしている……というよりも、そこそこそれを隠していてくれたはずの塗装や装飾が剝げかけている。なんだか踵が落ち着かなくて足元を見れば、敷かれたタイルが割れていた。もう欠け落ちてしまっている部分もあったが、どれも補修すらされていない。
(葦呼のとこと全然違うなぁ)
紫乃は、建物を見上げた。ベランダにあたる部分はサンルームになっているが、花の鉢植えなんてひとつもない。それどころか、夕方なのに洗濯物を取り込んでいる人影さえ見当たらないし、干しっぱなしになっている洗濯物すら少ない……単身者向けの住宅だという観点から言えば、帰宅してから夜に干したり、まとめて休日に洗濯してしまったりしているのかもしれないから、不審がるほどのことでもないが。
(そっか。今日、平日だった)
はたと、それに気付く。どおりで、今までろくに人とすれ違わなかったはずだ。この近隣に暮らしているのが単身者ばかりなら、出勤している時間帯がほぼ無人になるのも納得がいく。いるとしても、近道しようとした小学生くらいが関の山だろう……それを確かめるでもないが、上階を見上げるために逸らしていた首を、自分以外ひとっこひとりいない地上に戻して―――
その時だった。ぴしゃ、とうなじを叩かれる。
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