「熱いので気をつけて下さいね」
それだけで終えると、傍から退いた。
身体をひねるくらいの動作で、すぐそこのベッドの横腹に腰掛ける。ぎし、とベッドの鉄骨の関節が軋んだ。いつものことらしく、麻祈は平然として座り直しさえしない。平然と。
せめて、自分もそれを装わないといけない気がした。腹の前に寝かせていたショルダーバッグを、椅子の背もたれと背中の間に回してから、ぎくしゃくとコーヒーカップに目を留めて……
麻祈の手元には、それがないのに気付く。
紫乃は、テーブルから麻祈へと身体の正面をずらして―――とはいえ真正面に向き合う度胸なく、その十センチか二十センチか隣にいる人を見るような感じで―――、気まずく口を開いた。
「あの。麻祈さんは、なにも召し上がらないんですか?」
「え?」
「その。お飲み物」
「いえ、お気になさらず。どうぞ」
まるで紫乃の杞憂を払うかのように片手を顔の前で振り、麻祈が続けた。
「俺、今、茶碗でも飲みたいと思うほど、喉は渇いていませんから」
「茶碗?」
はたと、疑問に思う。こちらに出したコーヒーカップがあるのに、どうして茶碗で飲むなんて話になるのか分からなかった。
そんな紫乃こそ不可思議だと言わんばかりに、麻祈もまた首を傾けてしまう。器用なことに、そのまま頷いてくる。
「? はい」
となるとやはり、彼は茶碗でしか茶を飲めないらしい。
(なんで?)
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