.コーヒーカップの扱いから、中身が空なのは知れた。部屋の中央にいる紫乃を横切って、壁際の冷蔵庫に手を掛ける。上下ふたつの扉のうち、下の方が扉の面積が大きい―――そちらが保冷庫で、そこから飲み物を注ごうとしているのだと思い込んでいたのだが、彼は上の方を開けた。
(あれ?)
やはり、上段は冷凍庫のようだった。タッパやら白っぽい包みやらが入っているそこから、氷が詰まったビニール袋を慎重に取り出す。手前に適当に積んである袋モノを崩して床にぶちまけてしまっては一大事だからだろう。レトルトカレーはともかく、ビーフジャーキーは開封済みのものだ。
(なんで食べさしのビーフジャーキーとレトルトカレーが凍らされてるの……?)
レトルトのカレーなんて、常温保存できるからの保存食ではないか? ビーフジャーキーは干物だから、凍る水分なんてないのではないか? となるとこれは、独り暮らしするうちに発見した、旨味が増す隠し技なのか? 単純に置き場に困っただけなのか―――
「あの。ごめんなさい」
「ほえ!?」
いきなりの謝罪に、おったまげる。
びくっと着座姿勢を跳ねさせた紫乃に振り返った麻祈は、氷の袋を元通りに閉じた冷凍庫の扉を押さえたまま、コーヒーカップに詰めた氷をからから鳴らしながら続けた。
「うち、コーヒーしかないんでした。こんなお時間にお出しするのも気が引けるので、白湯でもよろしいでしょうか?」
「はい! はい、もう、ほんとお構いなく! はい!」
それはもう首肯する。そうすることで他のことに目がいかずに済む限り、そうする。
またしても廊下に出ていく麻祈を見送ってから、紫乃はこっそり大息をついた。丸めてしまった背中を伸ばすまでに、閉じてしまっていた目蓋を、せめて開ける。
目の前のテーブルには、畳まれたノートパソコンと、芯を出しっぱなしのボールペンと、メモ用紙が並べられていた……いや、最後のはメモ用紙というよりか、メモを取ることもある紙、と言う方が正しいか。不要となった書類を適当に裂いて作ったような紙片の中には、水が乾いた輪っかの痕がついたものもある。コースターにしたのだろう。とはいえ、未使用のものや、真っ当にメモを取ったものが大半だ。
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