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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.コーヒーカップの扱いから、中身が空なのは知れた。部屋の中央にいる紫乃を横切って、壁際の冷蔵庫に手を掛ける。上下ふたつの扉のうち、下の方が扉の面積が大きい―――そちらが保冷庫で、そこから飲み物を注ごうとしているのだと思い込んでいたのだが、彼は上の方を開けた。

(あれ?)

 やはり、上段は冷凍庫のようだった。タッパやら白っぽい包みやらが入っているそこから、氷が詰まったビニール袋を慎重に取り出す。手前に適当に積んである袋モノを崩して床にぶちまけてしまっては一大事だからだろう。レトルトカレーはともかく、ビーフジャーキーは開封済みのものだ。

(なんで食べさしのビーフジャーキーとレトルトカレーが凍らされてるの……?)

 レトルトのカレーなんて、常温保存できるからの保存食ではないか? ビーフジャーキーは干物だから、凍る水分なんてないのではないか? となるとこれは、独り暮らしするうちに発見した、旨味が増す隠し技なのか? 単純に置き場に困っただけなのか―――

「あの。ごめんなさい」

「ほえ!?」

 いきなりの謝罪に、おったまげる。

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「すみません。いつも帰って寝るだけなので、メインの電灯が切れたままほったらかしなんです。これで我慢してください」

 つまり麻祈は、帰宅すると寛ぐこともなく寝入ってしまうような多忙さだということで。

 でもって、それでもこれから紫乃にかかずらうということでもあり。

 て言うか、まじまじとまたしても室内観察してしまっているし。

「はい……ごめんなさい……」

 肩身が狭くなる思いで、実際に小さく肩を縮こまらせつつ詫びるしかないのだが、麻祈は真に受けていないようだった。目端と片手の仕草で紫乃に部屋中央の席を勧めると、さっさと部屋に入ってボディ・バッグをベッドの上に置く。そのまま歩いて頭側のベッドサイドにあるテーブルまで行くと、手首から外した腕時計を乗せた。長袖に隠されていて、そんなものを身につけているなんて、ちっとも気が付かなかったが。

(……無駄なく動く人だなぁ)

 なんて言うか、動線が効率的だ。自分なんか、帰宅したらベッドに座って、なんだったら寝転がったり雑誌読んだりして、それから着替えるくらいなのに。麻祈はもう荷降ろしを済ませて、ベッドの先にある窓へと更に進んでいる。カーテンを閉めるつもりだろう。サンルームがバリケードになっているとはいえ、明りがつけられた室内は、ガラス窓越しに通行人から見えてしまうものだ。

 窓際の土壇場で、それが止まった。挙げかけていた指先を元通りに下げて、麻祈がまだドアのところに立ちんぼしていた紫乃を顧みる。

「もしかして。坂田さん、濡れたから寒いとか、あります? 俺、このへんがどれくらいだと快適なのかよく分からなくて。寒いようなら、エアコンで調節も出来ますけど」

 カーテンではなかった。窓を開けようかしていたのを中断しての、明確な、こちらへの気遣い。

 紫乃は、しどろもどろに告げた。

「いえあの―――暖かいくらいで」

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「ひと段落したら、靴下を脱いで、この袋に入れてください。あとそれ、俺のスリッパですけど、」

 と、指差した廊下の隅には、言葉通りにスリッパがあった。布製の、ありふれたものだ。気付いていないわけではなかったが、気にかけてはいなかった……と言うか、気にかけていられなかったというか……

「よろしければ使ってもらって。素足でフローリングというのも冷やっこいでしょうから」

 目が点になる。

 点になった目で、ぎくしゃくと、麻祈を探る。彼は臆面なく、紫乃を見ていた。手を伸ばせば触れられる間近であるから、それを見間違えたりしない……ましてや、見慣れていることだから、見落としたりしない。紫乃が遠慮して、気兼ねして、辞去することを待ち望んでいる下心は、彼にない。

 それでも、言ってしまう。自信が無い自分だから、彼から言質を取りたかった。

「は、履いて、部屋の中まで入っていいんですか?」

「……じゃなかったら、なんのためのスリッパ?」

 こわごわと尋ねるのだが、彼こそスリッパにおける未知の活用法を警戒するかのように、声をひそめてしまう。言われてしまえば、彼の言い分こそ本当にその通りなのだが。

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「……今、部屋からタオル持ってきますから、ちょっとだけそのままでいてくださいね」

 言い残して、麻祈が奥に行ってしまう。気まずくなったのだろう。紫乃のせいで。

(やめてよ、やめてよもう! ほんと! そんなの嫌なんだってば―――!)

 愉快で心地好い時間を演出する手管が、自分にはこんなにも無い。

 自分の好奇心を埋めるためになら、目ざとく炊飯器から洗剤のタイプまで見つけた挙句に、芳香まで嗅ぎ分けておきながら。

(最悪だ……わたし……さいあく……)

 のうのうと思いやりを受けていい分際ではない。こうしている間も、足元には水たまりが広がりつつある。こんなことにまで手を焼かせるくらいなら、もう逃げ帰った方がマシなのではなかろうか―――

(いやいやいやそれは無いさすがにそれは無いでしょってここまで来ときながら! どうしよわたし、どうしたら―――あ)

 固まらせた視線の先にある、フローリングの廊下。そこに、靴下を履いている麻祈の爪先が戻ってきた。

 どんな顔をして彼を見上げればいいのか分からない。そうしているうちにも間合いは狭まり、ついに目の前にやってきた。畳まれた何枚ものタオルを、両手で下から抱えている。

(どうしようどうしようどうしよう)

 さすがにこのまま項垂れ続けるのは無礼だろうが、顔を上げる決心もつかない。

 と、

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(……狭い……)

 狭い。ものすごく狭い。

 靴を脱ごうとした麻祈が屈んだおかげで、なおのこと物件が見通せるようになる。縦に一畳あるかないかという長さの廊下は、横幅としては絶対に畳のそれほどはない―――モノが積んであるということもなく、真実その面積だ。廊下に添えるように、小さな台所と洗濯機が並んでいて、紫乃の手前の玄関に繋がっている。玄関には下駄箱があったが、その上は電子レンジやら衣服用洗剤ボトルやら用途不明の小箱やらで埋まっていた。

(なんでこんな狭いの? 葦呼ン家より、かなりキツキツ……同じ病院に勤めてても、お給料とか開きがあるのかな……で、でも洗剤は液体タイプの高いやつだし。よく分かんない。あ。キッチンに炊飯器ある。ゴツいなあ。高そう……)

「さ。どうぞ」

 はっと、紫乃は顔を上げた。

 玄関に立った麻祈が、重ねて言ってくる。

「一応、ドアを閉めたら、施錠をお願いできますか?」

 紫乃とは違って、彼の表情には、こちらの様子を詮索する色は無い。それだけ信じると、紫乃は慌てて玄関に入った。ドアを閉じる。ドアノブの下のつまみを捻って、垂れ下がっていたチェーンロックも掛けた。メインキーを掛けただけでは、また余計なことまで考え出してしまいそうだったから、間を持たせたくてとにかくそうした。

 無事にやり遂げて、吐息する。その中に、嗅ぎ慣れない―――けれども、いいにおいを感じた。男の人なのに。なんだか悔しい。

 香水でもないし、芳香剤とも違う。洗剤に近いが、それらしき液体ボトルは、下駄箱の上でしっかりと蓋が閉められた状態で置かれていた。無性に嗅覚を確かめたくて、呟いてしまう。

「セッケンのにおい……」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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