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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.指定された、いつもの大衆居酒屋チェーン店。同様に、通例通りの席へと、麻祈は店内を進んでいた。前回ここに来店した時よりも季節は確実に夏へと本腰を移し、それに合わせた店内のキャンペーン広告―――『打倒・酷暑 ~この男気が、気温に負けるか! 零下に冷えたビールを赤字覚悟で~』―――のけばけばしさに後れをとるまいとばかりに、人々の装いもボルテージも係数を上げている。浮かれぽんちどもの故意のから騒ぎという意味では昼間の院内と同じだが、こちらの酩酊要素はアルコールだかひと夏のアバンチュールの福音だかなので、麻祈に直接的な実害は無い。

 まあ、間接的なそれは、無いでもないか―――と、自慢の上腕筋のためにエアコンが効いた席で腕まくりする大学生を、彼に同席している女子大生と酷似した冷房温度が吹きすさぶ横目で見やりつつ、通り過ぎる。乱れていたわけではないが、それでも己のシャツの長袖を正して、麻祈は呪怨を吐いた。

(こちとら無関係な外野からも歌えや踊れと笛を吹かれて、結婚生活に倦んだ人妻との乱熟した不倫にのみ食指が動くヤバ医(早漏)のタンゴで、こんだけ踊ってやってんだよ。お前だけ、ベッドの中での社交辞令が下手糞過ぎるから子作りも拒否られたバツ二女のルンバから逃してたまるか。王子様(プリンス)をお待ちの灰かぶり(シンデレラ)にゃ悪いが、このアサキングと舞踏会してもらうぞ―――同じアホなら踊らにゃ損だろ? 俺が)

 そしてこれから当人同士が、舞踏会の生中継インタビューをしあいっことくる。最高に最低だ。意識もピュアでクリアーだ。聖水だろうが小便だろうが、煮詰まってしまえば純度百パーセントの澄んだ汁だ。くそくらえだ、いたいけなくそったれども。

 佐藤が見えた。

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.思い出すのは、古巣ではありふれているジョークのひとつ。

「やあ少年。その新聞を一部もらおうか。今日なにか新しい事件は起こったかい?」

「無いね。昨日と同じ不幸が、昨日と違う人間に起きただけ」

 そう。そうして往々にしてありふれた不幸のひとつとして、連綿と不運が煮詰まるパターンというものもまた存在する。

 それは、七転八倒とか泣きっ面に蜂とか雨は決まって土砂降り(When it rains, it pours.)とか、西洋東洋ところ構わず慣用句が出来上がるような、ありふれた凶事である。タンスの角に痛打した小指に思わず屈んだはずみでタンス本体に眉間を打ち付けるという短期決戦から、旦那の鞄からブラジャーが出てきて浮気を問い質したところ「それは俺のだ」と告白されるというフォーエバー冷戦までありはすれど、同じようなものと群れ集うのは羽毛を生やした鳥だろうが悪い運気だろうが、似たり寄ったりするものだ。

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.橋本は、真に受けるでもなく、受け流した。予想通りだ。それが続く。だから、こちらも続けられる。

「そのかわりに、覚えておいて欲しいことがあるんです」

「ラジャー。なに?」

「さっきの噂、―――」

 そして淡々と、麻祈は口調と真逆の内容のせりふを読み上げた。

「変に長引いたらムカつくのはそっちだろうからこっちが三こすり半で勘弁してやってんだ。あのオットセイの鳴き声で喘ぎ声のつもりなら演技力でも玉の肌でも磨き直して出直してきやがれ大根役者。ってのが、真実です」

 言い終えたので、口を閉ざす。

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「わたしも、こないだ健診でひっかかってさぁ。肝機能。自分の名前で、再・精密検査依頼書に経過観察ってつけて、院内の健診センターに返送しちゃったよ。医者の不養生が身にしみるわぁ」

 もう話題の融通にも飽きたのか、橋元はあくびして背伸びをした。それはまさしく日向ぼっこするのに退屈したどら猫を思わせる仕草で、まさしくどら猫が家人をふいっと無視するように、急にとりとめのないことを言ってくる。

「にしても。段先生って、嘘もつかないけど本当のことも言わない奴だなって思ってたら、ちゃんと本音が言えるじゃないの。自分のこと、俺とか言えちゃうんじゃん。驚いた。今度いっそ、飲みにでも行かない? 佐藤先生だって、野郎の二人連れなら、夜遊びしてもブーイングしないっしょ。なんなら彼女も、一緒に食ってくれちゃってオッケーよん。まあ、さんぴーって意味なら勘弁だけど」

 歯に衣着せず気ままに、だらしなく涙で曇らせた目線を寄越してくる橋元。

 やはり彼には、どれもこれも“どこまでも”、世間話でしかないようで。

 麻祈は―――

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「身長もそこそこで、だからこそスタイルがスラッとしてると見栄えするっていうか」

「内輪ではそうかもしれませんが、日本人なんか大陸(そと)じゃ全員ちんちくりんですよ。体重だって、持病があるから肥えると都合が悪いだけで」

「持病?」

 しまった。

 狼狽した視線が、橋元からぶれた。引き攣りかけた表情筋だけは、理知の力で組み伏せる……説き伏せる。問題ない。こんなことに、問題があるとでも? 持病なんて、ある・なしの尺度からしたら、全人類の半数はありってなもんだろう? ―――

 だからこそ、こう答えてしまっていた。

「……はい。股関節が」

「ああ。右。それで歩き方に特徴あるんだ。はいはい」

 迂闊だった。

 ばっと、ずれていた凝視を、橋元に引き戻してしまう。それだって迂闊だったが、仕方なかった。愕然としていたのだから。

 当の橋元は、そんな麻祈を衒いなく見返してくるだけだ。敢えて言うなら世間知らずに世間話をするという先輩風を帯びた横柄さがあるだけで、そしてそれは、今だからそうだというわけでもなかった。初対面の時から、彼のキャラクターは続いている。今更、それを痛感する。
みっともなく、呟きを垂れてしまっていた。糞のように。

「あります、か?」

「うん?」

「その。特徴」

「うん。ちょくちょくね。体調悪いんかなって時に右足からばっかり蹴躓きかけてるし。院内履きにしてるその革靴、後ろから見ると踵の減りに左右差あるから。浅いの? 生まれつき? 男なのに珍しいねぇ。年中ずっと長袖のユニフォームを選んでるのも、持病関係のなにか?」

「―――ですかもね」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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