「段先生、清潔感を絶やさないしさぁ」
「不潔感漂う医師に診療されたかないです。俺が」
「にしても、髭剃り・寝癖直し・ハンドクリームどころか、冬に入ったら欠かさずリップクリームと肌荒れ軟膏まで持参します?」
「……よくご存じですね、俺のデスク回り」
「わたしがあげたクロスワードパズルが絶賛ネグレクト中なのも知ってますよー。あと、おすそ分けされてばかりの小包装のお菓子の山、そろそろ標高が低い順に消費してったほうがいいね。歯ブラシも天寿が近い。愛用のコンパクトヘッドタイプ、買い置き大丈夫?」
じゃっかん引いてしまうが、微動だにしない橋元を見ていると、自分の無関心さの方が病的なのかと思えてくる。余計な疑惑でたたらを踏むのを避けるには、踏み込みかけたつま先を戻すのが一番だ。直前まで、なんの話をしていた? リップクリーム? 軟膏? 麻祈の身だしなみについては、不可抗力だろう。祖父と妹の関係が―――
「段先生?」
「あ―――いえ」
はっとする。言い逃れるのにかまけて口走りかけた事実に、ぞっとしないでおれなかった。弁解の矛先を捻じ曲げる。
「……身だしなみについては。自分の肌の脆弱性を知っている手前、ケアをサボるのは感心できないだけです。見た目からして不健康そうな医師に診療されるのだって御免ですから。俺が」
その回答するまでの不自然さこそ橋元の感興を買うかとも思えたが、彼はそこまで粘着するでもないらしい。深入りする言葉は無かった。
なので、またしても再開した妄言の方に、耐えるしかない。
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