「佐藤先生がいなかったから、遠慮無しに話しかけられたり、料理盛られたり、酒注がれたりしてたじゃん。そうしてきたみんな、結婚してない女の子ばっかりだったこと、知らないの?」
「知るはずありませんでしょう。既婚・未婚のワッペンでもついてましたか?」
「いや。ワッペンはさすがに。でも、なんてーか。顔に書いてあったっしょ?」
「あったかもしれませんね。だとしても俺、極東産の扁平な顔で厚化粧されると、カンバスに油絵描いてある並みに原型が分からなくなるんですよ。年齢からして。ちんぷんかんぷん」
化粧どうたらから小杉のことを連想して、そういえば何歳かすら尋ねていなかったことを思い出す。そんな仲に発展していなかったどうこうでなく、興味を持っていなかった。聞いたところで実感が湧かないからだ。もとより、正面切って女性に尋ねてよい質問でもないのだろうし。
兎にも角にも、麻祈は抗弁を続行した。
「それに橋元先生は、彼女達はまず病院の職員だという大前提をお忘れではありませんか? 看護師だろうが検査技師だろうが、職員であれば、勤務医に顔を売っておくだけ損は無い。むしろそれでこそ、懇親会の本義が成立するんですから」
「……顔を売るだけでいいなら、お酌したあとにまで、いそいそと上げ膳据え膳までしに来ないんでない?」
「出来れば恩も売りたかったんでしょう」
「うーん。さすがは広辞苑の段。きゃぴきゃぴの女の子も、十把一絡げに『職員』カテゴライズか」
片手の先を肘に、もう片手の先を鼻先にあてがって思案顔をしていた橋元が、閃いたとでも言うように、口元の拳から親指と人差し指を立てた。そうして指鉄砲で天井を撃ち抜いてから、まるで早打ちのターゲットを切り替えたように、爪の銃口の照準を麻祈に定めてくる。
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