「なに? そっちこそそれ、戯言でも寝言でも厭味でもないの? 謙遜ですら?」
「は?」
「どう考えたってモテるでしょ段先生。実際、佐藤先生と付き合ってるって公言なさるまでは、同科のわたしを経由してまで色恋系の探り入れようってしてくる子だっていたんですよ? カワイいのに呼び止められて期待に胸と小鼻膨らませてたら、ちょっと気になるんですけど段先生のことが……って切り出される切なさ、知んないでしょ」
「あけっぴろな奴より、だんまりな奴の方が詮索し甲斐があるだけのことに、なにを盛り上がっているんですか? 後ろ暗い楽しみだからこそ、わたしに直接訊きに来ないんでしょう。今の噂話と同じです。どいつもこいつも、いい歳しておいて、頑是無い」
刺してくる毒虫なら叩こうとの決心もつくが、飛び回るだけのそれを払うのに躍起になるのは愚行だ。行いが愚かなだけならまだしも、その愚行こそ見物しようという物見客や、物見客に釣られた野次馬まで引き寄せてしまっては本末転倒だ。だから放置している。傍観者は傍観し終えれば去っていくのだから、それを待ってさえいればいい。ルーティンだ。
麻祈は、忌々しく舌打ちしかけた舌頭を、口蓋に押し付けてやり過ごした。それだって、やり慣れたことだ。
と。
「前にあった、職員懇親のための、ドクターからParamedic(コ・メディカル)まで参加したバーベキュー大会。覚えてます? 段先生、最後らへん、参加してましたでしょ?」
「……はい。タダ酒に釣られて」
脈絡ないが、言われれば思い出す。
規模として大に属する当総合病院は病院職員の労働組合組織が整えられているものの、医師はそこに参加していない。病院に雇用される立場が他の従業員よりも強く、交渉するのに群れる必要性が乏しいからである。よって、労働組合のように混ざり合って親睦を深め、団結を旗頭にバス旅行したりということもない。それに思うところでもあったのか、急に上役が「俺ら主催で、とにかくみんなわいわいやろうぜ。未婚の連中は強制参加な」とか言い出し、誰も止めなかったものだから、休日くんだりにぞろぞろと群れて肉やら野菜やらつつきまわすハメになった。もちろん理由をつけて断ることも出来たのだが、自炊日で飲みながら肉じゃがを作っていたら買い置きしていた日本酒がなくなったので、麻祈も顔を出したのである。ぶっちゃけた話、強かに酔っていたので記憶は薄い―――タクシーを借り上げてまでそこに参戦した時点で、常の自分ならありえないことをしたと思う。日本酒の効能は恐ろしい。
「段先生、ちやほやされてたじゃん」
「ちやほや?」
未知の評価に回想が断裂した麻祈に、ごく当然とばかり、橋元が食い下がる。
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